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慣れないスーツを着て出勤をはじめて二週間。俺はずっと営業の先輩田中さんの同行をしている。
田中さんは35歳、ものすごい真面目そうな見た目で、失礼な言い方をすると地味だ。スーツもよれっとしていてお世辞にも格好いいとはいえない。
しかし商談が始まると別人格のようにキレ者になる。とはいえその見た目が幸いするのかキレキレモードになってもクライアントには気付かれることはまずないが。
クライアントにはせっかちな人やけちな人、自分のイメージはあるのだがうまく伝えることが出来ない人など様々なタイプがいる。スピーディに商談を進めるため始めにすることは的確にクライアントの意向を汲み取ることだが、田中さんはそこが天才的だった。いつのまにか相手にあわせた応対で的確にイメージを吸い上げる様は、素人の俺から見ても神業だと思った。
クライアントの希望を社内に持ち帰ってからはデザイナー、工場長を交え主にこの三方向から話を煮詰めていく。クライアントの希望が理想だとしたらそれをデザイナーと工場長で牽制しあうのがうちの会社のいつものスタイルのようだった。
田中さんはこの間に立ち、双方の意見をまとめて最終的に適当な利益を持ってくる仕上がりにするまでが仕事のようだ。
他の営業職をしらないが、正直ここまでやらなくてはならないのかと青ざめる。家庭の事情とはいえ、これらの仕事をバランスよくこなしていた田中さんにいなくなられるのはこの会社には大きな痛手だろう。
そしてその後釜が俺なんて……これ以上痛手が増えないようがんばるしかない。
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