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「そう、ですね」
「だからね、個性がないっていうのは言われたらあんまりいい気がしないかもしれないけど、仕事の上では、特に若いうちは邪魔なだけだと思うんだよね。それを押さえられるというのはひとつの才能だと思うんだ。田中もそうだったよ」
「田中さんも?」
「そう。後はお前の話を聞く姿勢ね。今はありがたいことに新規開拓をする余裕がないくらいに仕事が入ってくる。だから貰った仕事ひとつひとつの完成度を上げるのが当面のうちの目標だ。粘り強く話を聞けるってことはクライアントの希望を余すことなく受け取れるってことだよ。で出来上がった理想をあの二人と形にしていくんだからね」
あの二人、斉田さんと古内さん。わかってはいたけれどものすごく仲が悪い。
クライアントが思い描いているレベル以上のイメージを作り上げる斉田さんと、予算、ロット数、工程数、ラインの確保など現実的な採算を考える古内さん。
仕事上常に相反する目標を掲げなければいけないから当然なのだが、今も酒が入り二人の小競り合いがヒートアップしている。
「おめーはいつも夢みたいな容器ばっか提案してくるんじゃねーよ」
「なに言ってるんですか。くそ詰まんない夢のない容器に入ってる化粧品を欲しがる女性なんていないんですよ」
仲が悪いなら離れていればいいのに……。
そう思って個室を見回すと、ウーロン杯を好きな濃さで作ってご満悦の田中さん。さっきから頬杖をついて楽しくてたまらなそうに、俺と社長の話を盗み聞いているさっちゃん……この面子じゃ離れるっていうのも無理か。田中さんもあの二人の言い合いは挨拶みたいなもんだって言ってたし。
「お前なら、あの二人の仲をうまくまとめられると思ったからだよ。期待してるね。じゃ俺は奥さんが待ってるから帰るけどごゆっくり」
そういって社長はさっちゃんに万札を何枚も渡すと、早々と出て行った。
時間ギリギリまで古内さんと斉田さんの小競り合いは続いていたけど俺たち三人は特に気にすることもなく飲み続けた。
田中さんは義理のお父さんの事業を継ぐことになり、ここからずいぶん離れた奥さんの地元へ引っ越すそうだ。
田中さんが退社するまであと一ヵ月半、引継ぎ時間を随分長く取ってくれた会社に感謝して全力で吸収するしかないと心に決めた。
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