距離を縮める

3/4
前へ
/109ページ
次へ
 平日なのになぜだか混雑していた昨夜の店が落ち着いた頃には早朝になっていた。モーニングセットの準備をし、昨日からの片付けや備品の補充、棚の整頓などを夢中で行っていたらもう上がりの時間になっていた。ここまで忙しいと通し勤務を嘆く暇もなくて結構都合がいいのではないかと思ったりする。  外に出ると朝日はすっかり昇ってまぶしい太陽が照りつけていた。そろそろ、夏が来るな。  さすがに少し疲労を感じながらぼんやりと自転車にのって家に帰る途中、信号待ちをしていると自転車で走ってきたのは、あの道だった。 「――子供?」  同じ信号で停まった道はノーネクタイのワイシャツ姿で荷台のついた自転車を漕いでいて、後ろには小さな男の子を乗せていた。 「あれ、ネットカフェの子?」  覚えててくれたんだ。うーんと、……名前は、覚えてくれてないのかな。 「そうです。おはようございます。あの……お子さんですか?」 「ああ、息子の裕太(ひろた)。これから保育園に送りに行くところ。ほらぴー太、挨拶しろ」 「おはようございまーす」  ぴー太っていうかわいらしい響きと、自分の知っている無表情な道の雰囲気が結びつかなくてどぎまぎしてしまう。  それにしてもこの子、ミニチュア道さんじゃないか。すごくかわいい。 「おはよう、裕太くん。おれは「信(しん)」って名前だよ。よろしくね」 「ぼくはぴー太だよ」 「そっか、ぴー太くんか。じゃあね。気をつけていってらっしゃい」  信号が変わって二人は去っていった。  ――子持ち、だったんだ。  なんとなく勝手にご同類のような気がしていたから拍子抜けしたと言った方がいいだろうか。今となってはそもそもなぜそう思ったのかも謎だった。  そうだよな、道さんみたいな人が、結婚していないほうがおかしいよな。そう思ったけど、少し胸の奥が痛い。
/109ページ

最初のコメントを投稿しよう!

413人が本棚に入れています
本棚に追加