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◇◇◇
「ナリ、今日は悪かったな。助かったよ」
「お疲れ。いつも世話になってるんだから、これくらい何ともないよ」
予定していた時間より少し早めに仕事が終わった。帰りはナリが運転してくれるというから助手席にどかっと乗り込むと、ナリが缶コーヒーを差し出してきた。俺の好きな銘柄。
「サンキュ」
ナリは自分のコーヒーを開けると一口すすり、缶を置いて車を発進させる。
ナリとは二人で仕事を始めたときから長年バディで現場を回っていた。
数年のブランクがあってもやっぱりこいつとの現場ははかどる。ナリの作業能力も全然鈍ってない。
そもそも便宜上、俺が社長でナリを雇ってる形になっているけど、俺はナリがいなかったらそもそも独立しようとは考えなかった。今でも共同経営者だと思っている。
現場にいるときから事務仕事がからきし駄目な俺に代わってナリが経理やややこしい事務を担当してくれた。
俺と違って生真面目なナリは現場仕事の傍ら独学で経理を学び、経営をサポートしてくれた。
だからナリが千咲に逃げられ、一人でぴー太を育てる決心をして会社を辞めようとした時、俺は全力で引き止めた。
少しずつ会社の規模が大きくなってそろそろ経理の出来る事務の子を雇おうと思っていたから慣れているナリが内勤をしてくれることは渡りに船だった。
人を雇うのは本当に難しい。こちらが長く勤めてもらいたくて、相手も長く勤めてくれるなんていう出会いは、結構奇跡に近いことは今までの経験で実感している。
でもそれだけじゃない。一番の理由はナリを手元において置きたかった。この横顔が俺の知らないところに行ってしまうのは耐えられなかった。
勝手で傲慢な考えに嫌気が差したがその本音を自覚したとき妙にすっきりした。
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