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「千咲ちゃん、もう日本に戻ってきたのか?」
「うん、この間戻ってきたよ」
「その……一緒には暮らさないのか?」
「何言ってるんだよ。千咲とはとっくに別れただろう。もちろんお互いぴー太の親として付き合ってはいくけどね。ヨリを戻すとかは、ないよ」
ナリはそういって軽く笑う。じゃあ、やっぱりお前の変化は、さっきのあの子が原因なんだな。愛おしそうにナリを見ていた若い信。
千咲が出てって以来、ナリはぴー太だけがすべてで、それ以外のことはなんにも興味がなくなったみたいになっていた。そんなナリが、喜怒哀楽を隠しきれていない時がある。
普段から冷静で感情を隠しきれないなんてことは、千咲と付き合う前も、俺と出会った頃もなかったのに。
「なぁ、俺たちって出会って何年になるんだっけ?」
「大学で知り合ってからだから……かれこれ十五年か? 長いね」
「やだやだ、そりゃ年も取るわけだよね。どうりで現場がつらいわけだ」
「またまた、現場が仕事が好きでいまだに社長自ら走り回っているくせに」
そんな馬鹿らしい会話で笑いあう。ナリは変わらず穏やか冷静で俺よりずっと大人だ。
でもあの子には人間らしい感情を隠せないんだろう。
ナリが千咲と付き合ったときにはもう、自分の気持ちは封印したつもりだったけど、信に会ったときは気持ちが蘇って苦しくなった。でもどんなに苦しくてもこの気持ちを吐き出すことはない。
お前が俺の前からいなくなるくらいなら、今のままのほうがましだ。そう思っている。
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