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次の日の朝は起きあがるだけでもしんどかったけど、崖っぷちの新人なので気力で出社した。
勢いよく椅子に座れないのでそっと腰をかけると、先に来ていたさっちゃんが俺にコーヒーを運んでくれた。
「ありがとうございます。いただきます」
この人がコーヒーをわざわざ運んでくれるときは何か言いたいときだけだ。
案の定コーヒーを置いても席に戻る気配がなく、にこにこして俺の横に立っている。
「木山の彼女ってさ、熱烈なんだね」
ニヤッと笑ったさっちゃんの視線は俺の首筋に注がれていた。念入りにチェックしてきっちりネクタイを締めてきたはずだったのに死角があったらしい。
途端に昨日のことを思い出して赤面する。
「そんなに茹でダコみたいに赤くならなくても……営業はさ、ポーカーフェイスじゃないとね。でどんな子なの?」
早く出社したことを心底後悔した。この人をはぐらかす戦術はまだ持ち合わせていない。
「器の、でかい人です」
「ふーん。年は?」
「結構上です」
「へー、私とどっちが年上?」
「さっちゃんの方が上に決まってるじゃないですか! あ、ごめんなさい」
「社会人は「すみません」でしょ。で美人なの?」
「はい。かなり……なんかすみません」
「木山、結構惚れてるんだ」
「……はい。それはもう」
「あーあ、素直に惚気られちゃうとからかいがいがなくてつまらない」
そういってさっちゃんはやっと席を離れてくれた。
ほっとしていると振り向いて「せいぜい捨てられないように稼ぐ男になりなよ」と言われ、その日に限って早く出社してきた社長にそれを聞かれた。
その後のことは言いたくない……。
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