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「いいよ」
智樹さんが手をかざす。大きな音をたてて倒れこむ辞典。
「あ、あの……手品か、何かですか?」
祐哉くんママは恐る恐る尋ねた。
「これは『気』って言います。本来は道場で鍛錬をし、その力を習得していくのですが、ごくまれに祐哉くんのような大きな素質を持っている場合、意志とは関係なく突然発してしまうことがあるんです」
「突然……」
祐哉くんママの不安げな表情とは対照的に、今までぼんやりとしていた祐哉くんの目には生気が宿りはじめた。
「僕がやったのと同じだ。同じなんだよ、ママ。触ってないのに、亨くんが倒れたんだ。ねえ、ママ、信じてくれる?僕もこれ、できるんだ!」
祐哉くんは体を乗り出し、辞典をまた立て、自分の手をかざした。
しかし、本はびくともしない。
「あれ?」
首をひねる祐哉くんに智樹さんは笑って言った。
「鍛錬すれば使いこなせるようになるよ」
智樹さんは次に祐哉くんママに向き直った。
「祐哉くんはこの『気』の使い手です。『気』がどういうものかご説明しますね」
それから、智樹さんは、戸惑うママと祐哉くんに、例の絵本のような入門書を取り出して一つ一つ丁寧に説明した。力の仕組み、その歴史、組織の内容、そして、鍛錬の中でその力のコントロールの仕方や禁止事項を身につけていくのだということも。
二人は黙って聞いていた。祐哉くんは特に熱心に、入門書を食い入るように見つめている。
ひととおり話終えると、智樹さんは入門書を祐哉くんママに手渡した。
「昨日のことは、決して祐哉くんが望んでしたことではありません。でもコントロールできるようにならないと、またいつか同じことがおこるかもしれない。だから、うちの道場に来てください。きちんと使いこなせるように指導します」
祐哉くんママは困惑した表情で入門書を見つめている。
その横にいた祐哉くんは、ママに向き合い力強く言った。
「僕、やりたい!もう亨くんや他の子にも怪我なんてさせたくないよ。……ママにもつらい思い、もうさせたくない」
その声は徐々に弱々しくなり、目には涙をため、それが今にもこぼれ落ちそうだった。
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