第1章

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明朝、あたしたちはまだ早い時間に、家元と奥様に見送られ、森野さんの運転で空港へ向かった。 智樹さんはいつもと違い、車内でも口数が少ない。朝早かったから、まだ眠いのかもしれない。 あたしは、妙に意識して黙っていた。こういうところ、まだまだ子供だな、と自分で思う。余裕がないのだ。 「広島は今日、明日と晴れの予報です。どうぞ、楽しんできてくださいね」 森野さんはいつのまにか天気予報まで調べてくれていた。さすがだ。 心地よい揺れに、程よい弾力のシート。あたしはいつのまにか、睡魔に襲われていた。昨日は緊張のあまり、あまり寝付けなかったのだ。 「菜月、着いたよ」 はっとして目を開けると、あたしの顔を覗きこんで笑っている智樹さんの顔が間近にあり、飛び上がりそうになった。どうやらあたしは眠ってしまっていたようだ。 智樹さんがくっくと笑っている。やだなあ、あたし、どんな変顔で寝ていたのだろう。 でも、智樹さんの眠気も覚めたのか、いつもの智樹さんで安心した。 降車場で車を降り、荷物を手にしたあたしたちは森野さんを見送った。 「どうぞ、お気をつけて」 森野さんはいつものように紳士的な態度で車を走らせていった。 「よし、じゃあ、行くか」 明るい智樹さんの声にあたしは「うん」と答えた。 なんか恥ずかしいけど、でも、二人で旅行にいけるなんて、こんな楽しいことはない。思わずスキップしてしまいそうになる足を抑えて、智樹さんについていった。 足といえば……。あたしは前を行く智樹さんの足を見た。いたって普通に見える。 学校で由美ちゃんが言っていた、怪我でサッカーを断念、というほどの重傷だったとは見えない。 搭乗の手続きを終えて、搭乗口の前の椅子に座りながら、あたしはなんとなく、気になって智樹さんの足を見ていた。 普通の生活はできるけど、サッカーのような激しい運動は無理、ということなのだろうか……。
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