54人が本棚に入れています
本棚に追加
なんだったのかよくわからないけど、すっかり落ち着いたあたしは、智樹さんと一緒にその少年のもとへと向かった。
智樹さんはさっきのことは何も言わなかった。あたしも、よく考えるととても恥ずかしいので、何も言わないでおいた。
大山さんの事前調査にある住所の、アパート1階の部屋の前まできて表札を確認する。
「ここだな」
人の気配がするので在宅のようだ。
ふとまわりを見回すと、アパートの横に小さな公園があった。そしてそこにはサッカーボールを蹴る一人の少年がいた。
「あ、あの子……」
あたしは智樹さんの袖をつかみ、控えめに公園を指差した。
事前調査にある写真の子だった。智樹さんはあたしに目配せすると、少年のもとへと近づいていった。
少年は足や膝でボールを打ちあげて、それを何度も繰り返そうと練習していたが、連続では1,2回しかできないようだった。よく見るとなんだか元気がなく、表情が冴えない。
蹴り損ねたボールが何度も遠くへと転がっていく。
そのうち、智樹さんの足元にボールが転がってきた。
少年は、ボールを追いかけようとしてこちらを向いたが、知らない人がいたことに驚き、動きをとめて躊躇した。
智樹さんは、足元に来たボールを、手を使わずなんなく蹴りあげると、そのまま膝や足首で数回打ち上げた。その動きはあまりにも華麗でかっこよく、あたしはつい見とれてしまった。少年も、その目が驚きから羨望のまなざしへと変わっていった。
「すごい!すごいや!お兄ちゃん。どうやったらできるの?僕に教えて!」
今までしおれていた花びらがぱっと開いたかのように、目をきらきらさせて智樹さんに近づいてくる。
最初のコメントを投稿しよう!