第1章

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なんだったのかよくわからないけど、すっかり落ち着いたあたしは、智樹さんと一緒にその少年のもとへと向かった。 智樹さんはさっきのことは何も言わなかった。あたしも、よく考えるととても恥ずかしいので、何も言わないでおいた。 大山さんの事前調査にある住所の、アパート1階の部屋の前まできて表札を確認する。 「ここだな」 人の気配がするので在宅のようだ。 ふとまわりを見回すと、アパートの横に小さな公園があった。そしてそこにはサッカーボールを蹴る一人の少年がいた。 「あ、あの子……」 あたしは智樹さんの袖をつかみ、控えめに公園を指差した。 事前調査にある写真の子だった。智樹さんはあたしに目配せすると、少年のもとへと近づいていった。 少年は足や膝でボールを打ちあげて、それを何度も繰り返そうと練習していたが、連続では1,2回しかできないようだった。よく見るとなんだか元気がなく、表情が冴えない。 蹴り損ねたボールが何度も遠くへと転がっていく。 そのうち、智樹さんの足元にボールが転がってきた。 少年は、ボールを追いかけようとしてこちらを向いたが、知らない人がいたことに驚き、動きをとめて躊躇した。 智樹さんは、足元に来たボールを、手を使わずなんなく蹴りあげると、そのまま膝や足首で数回打ち上げた。その動きはあまりにも華麗でかっこよく、あたしはつい見とれてしまった。少年も、その目が驚きから羨望のまなざしへと変わっていった。 「すごい!すごいや!お兄ちゃん。どうやったらできるの?僕に教えて!」 今までしおれていた花びらがぱっと開いたかのように、目をきらきらさせて智樹さんに近づいてくる。
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