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「さっきリフティングを教えてもらったんだ。お兄ちゃん、すごく上手なんだよ」
「さっき?」
祐哉くんママは不思議そうな顔をした。
「すみません、突然おじゃまして。僕は鷹司智樹といいます。こっちは、つ、」
一呼吸おき、智樹さんは勢いをつけて言った。
「妻の菜月です」
あたしは思わず智樹さんの横顔を見つめてしまった。
「妻の」ってちゃんと言ってくれた!
それだけでうれしい。
智樹さんは心なしか顔を赤らめて、上目づかいで天井を見つめている。
あたしは慌てて祐哉くんママに挨拶をした。
「まあ、初々しいご夫婦ね」
祐哉くんママはふふふと笑った。
「えーと」
智樹さんは、コホンと咳払いをして話始めた。
「僕たちは東京の正気道会本部から参りました。祐哉くんに正気道会への入会を勧めるためです」
「正気道会?」
祐哉くんママはなんのことかと戸惑いながらも、お茶を持ってきたお盆をおいて、座卓をはさんで智樹さんと向かいあい座った。
「武術の一種、と考えていただいて結構です。市内にも道場がありますので、お母さんのご了解をいただけるなら、祐哉くんにそちらに通ってもらいたいと思っています」
「はあ、武術ですか……。でもなんでうちの祐哉を?」
少しばかり警戒心を瞳にのぞかせて、祐哉くんママはやんわりといぶかった。
「この本、ちょっとお借りしますね」
そう言うと智樹さんは側の本棚から、祐哉くん用のものらしい百科事典を一冊抜き出した。そして、目の前のテーブルの上に立て、手をかざす。
ああ、これは見たことがある。
思ったとおり、安定感のある百科事典は、強い衝撃を受けたようにバタンとテーブルに倒れた。智樹さんはまったく触れていない。
祐哉くんとママは、驚いて目を見張り百科事典と智樹さんを交互に見た。
「……今、一体何を……?」
「お兄ちゃん、もう一回、やって」
祐哉くんが今度は自分で百科事典をたてて促した。
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