第1章

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「さっきリフティングを教えてもらったんだ。お兄ちゃん、すごく上手なんだよ」 「さっき?」 祐哉くんママは不思議そうな顔をした。 「すみません、突然おじゃまして。僕は鷹司智樹といいます。こっちは、つ、」 一呼吸おき、智樹さんは勢いをつけて言った。 「妻の菜月です」 あたしは思わず智樹さんの横顔を見つめてしまった。 「妻の」ってちゃんと言ってくれた! それだけでうれしい。 智樹さんは心なしか顔を赤らめて、上目づかいで天井を見つめている。 あたしは慌てて祐哉くんママに挨拶をした。 「まあ、初々しいご夫婦ね」 祐哉くんママはふふふと笑った。 「えーと」 智樹さんは、コホンと咳払いをして話始めた。 「僕たちは東京の正気道会本部から参りました。祐哉くんに正気道会への入会を勧めるためです」 「正気道会?」 祐哉くんママはなんのことかと戸惑いながらも、お茶を持ってきたお盆をおいて、座卓をはさんで智樹さんと向かいあい座った。 「武術の一種、と考えていただいて結構です。市内にも道場がありますので、お母さんのご了解をいただけるなら、祐哉くんにそちらに通ってもらいたいと思っています」 「はあ、武術ですか……。でもなんでうちの祐哉を?」 少しばかり警戒心を瞳にのぞかせて、祐哉くんママはやんわりといぶかった。 「この本、ちょっとお借りしますね」 そう言うと智樹さんは側の本棚から、祐哉くん用のものらしい百科事典を一冊抜き出した。そして、目の前のテーブルの上に立て、手をかざす。 ああ、これは見たことがある。 思ったとおり、安定感のある百科事典は、強い衝撃を受けたようにバタンとテーブルに倒れた。智樹さんはまったく触れていない。 祐哉くんとママは、驚いて目を見張り百科事典と智樹さんを交互に見た。 「……今、一体何を……?」 「お兄ちゃん、もう一回、やって」 祐哉くんが今度は自分で百科事典をたてて促した。
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