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繋いだてのひらが主張する。付き合いだして一ヶ月。慎重派な彼がようやく手を差しのべてくれたのは、ほんの一週間前のこと。今時どんだけ奥手なの、とサツキは笑った。
でもね、付き合いだしたらボディータッチも当たり前だなんて、誰が決めたの? ゆっくりのほうが断然いい。だってわたしはそんなに軽い女じゃない。彼だってそんなに軽い男じゃない。
手を繋ぐだけで異様にドキドキして、手の先からジンジン痛みが走って落ち着かない。好きっていう単純明快な二文字の言葉が、たった二文字の言葉がひどく特別な意味を持ち、わたしの心の奥底の扉をトントトンとノックする。
もしもーし、美南さーん、入ってますかー? 出ておいでー。
わたしは扉を少しだけ開けて隙間から外を覗いてみては、「わかってるわかってるから」と説き伏せてまた閉じこもる。溢れでて止まりそうにない恋心を小出しにして、彼の歩幅に合わせて歩く。
「あ、あったよエレベーター。こんな奥かよ」
「案内プレートわかりづらかったね」
「ほんと。無駄に歩かされた感じ」
文句をこぼしつつも楽しげな彼の表情に、わたしも自然と頬が緩む。いつでもにこやかで穏やかで、彼が激昂するシーンなんて一度も見たことがない。それを物足りない男子だなんてサツキは斬り捨てたけれど、わたしには理想の彼氏だ。
進級してもクラスが離れなければ、告白しようと決めていた。「いいよ」と言われ、夢かと思って頬をつねった。痛がるわたしに微笑む彼の目は、とても優しく温かかった。
「来た」
チーン、という音と共にエレベーターが止まり、開いた箱の中には誰もいなかった。閉じた箱の中には、ふたりきり。
もしもーし、美南さーん?
ブワッと隙間から漏れだしていく。溢れちゃうから止めなくちゃいけないのに、なにこれ扉が閉まらない。
バコバコ騒ぎ出す鼓動が漏れないように息を詰めたら苦しくなって、たまらずに深く息を吸い込んだ。深呼吸、深呼吸。でも密室で深呼吸とか目立ちすぎる。
「大丈夫?」
乱れた呼吸を必死に押し隠そうとしているわたしに、柔らかい声が降る。見上げると、繋いでないほうの手がそっと頬に触れてきた。
「ひ、東野くん、あの」
「大丈夫」
宥めるように囁いたその唇が、落ち着かないわたしの呼吸を優しく奪い取る。
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