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「今日やたらと3年いない? 気のせい?」
応接室の花瓶の水を取り替えながらぽつりと呟くと、先生は「えっ」とあからさまに驚いた声をあげ、一瞬後にブハッと吹き出した。
「やだそれ本気?」
「は、なにが?」
「今日、奉仕活動の日。手紙読んでないの?」
「知らない」
「呆れた」
楽しそうに笑う先生の髪飾りに、陽射しが当たってキラキラ眩しい。元々笑顔の眩しい先生が、割り増しで眩しい。ああ触りたい。そう思う自分にブレーキをかけ続けて1年半。それはまるまるオレが先生に捧げてきた時間だ。
産休した担任の代わりにクラスにきた先生のことを、オレはそれまで知らなかった。教師なんて守備範囲外。むしろ、人にものを教えるなんて偉そうな仕事を選ぶ女に、ろくなやついないとまで思ってた。彼女は、そんなオレの勝手な常識と偏見をアッサリ覆してしまった。バカらしいけれど、たぶん一目惚れ。10歳も上の女を好きになるなんてどうかしてる。しかもずっと片想い。
だって言えない。教師に告白なんてできるわけない、そんなの漫画の中だけの話で、現実は一笑に伏されて終わるだけだ。だったら抱えて卒業する。あんたの生徒じゃなくなったら、オレ、もう告白してもいい? 受け止めてくれる?
「先生。花、うまく生けて。戻せなくなった」
「いいよ。じゃあ棚拭くのお願いね」
「うん」
職員室と応接室は繋がっている。人気のない職員室で水道を使っていたオレの傍に、応接室にいた先生がやってくる。
「わたしが忙しく掃除してる時点で気づかなかった? 奉仕活動」
「全然」
「入り浸りすぎよ。学校そんなに好き?」
「ううん。先生が好き」
あ、ヤバイなんか出た。そう気づいたときにはもう遅かった。淡白そうな澄まし顔が、みるみるうちに真っ赤になっていく。
「あぁ……えっと。あ、これ」
「あ、う、うん」
束が乱れてしまった花を渡そうとした指先が、先生のてのひらに微かに触れる。
「あ」
同時に手を引っ込めたから、花たちはバラバラと落ちていく。拾おうと屈んで伸ばした手が、しかしまた触れてしまった。
「先生」
逃げていく白い手を掴まえる。無理やり引き抜こうとするのを、半ば意地になって繋ぎ止めた。
「ちょ、ちょっと」
「先生?」
覗き込んで、視線を合わせる。ドキドキする。でも今さら吐いた言葉は戻ってこないから。
「今のは予行演習。次はちゃんと言うから。聴いて?」
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