その味

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「次はいつ帰ってくる?」  夕飯の席に着いた途端、母さんが訊いてきた。  帰省してからずっとにこにこしているけれど、今晩は特にひどい。よほど昨日の休みが楽しかったんだろう。オレが地元の仲間と花見をしている間、母さんはデートだった。母親がデートとか、ちょっと笑えない。いつまで経ってもオレはこのひとのガキで、それは死ぬまで変わることがないのに。母さんは母さんから女に戻るのかよ。 「さあね。来月は無理。夏休みかも」 「まだ先ね」 「もう奥さんになってるじゃんね。帰りづらくなる。ていうか帰るのこの家じゃなくなるじゃん」 「帰りづらくなるとかやめてよ。別に変わらないわよ」 「新婚さんの邪魔はしないよ」 「やだあ」  はにかんで笑う母さんが眩しい。女子の顔してる。肌なんて10年前よりよっぽどつやつやしてる。きれいになったのはあの男のせい? だったらオレもきれいになれてる? 恋は男もきれいにすんのかな。 「これ、食べてみて。土筆。苦くないから」  つくし、という単語に思わず身体じゅうで反応すると、母さんは不思議そうに首を傾げた。 「土筆そんなに嫌いだった? よく採りに行ったわよね、一緒に」 「いや、別に、嫌いじゃない、けど」  無駄に熱を帯びる頬を隠すようにうつむいて、つくしの器に箸を伸ばす。舌に乗せると、懐かしい味。幼い頃は苦い苦いと吐き出していたそれを、いまでは平気な顔をしておいしく食べることができる。ただしその名前の持つ力がある頃から別の意味を持ち、オレの胸をふわふわとくすぐってくるんだ。だから、苦手。いまは苦手だ。 「……甘いね」 「胞子が出てるからね。うまく炊けたでしょ」 「うん、おいしい」  甘くてうすら苦いそれを噛みしめながら、オレは不意に胸が沈むのを感じた。ああ、これは恋の味。甘い味付けの奥に隠しきれない苦味が滲み出してくる。くせになる味。これはあいつそのものだ。  命を繋げる食べ物。また芽吹くものの命。あいつの味なのに、命は繋げないオレたち。まだ女を諦めていないきれいな母。母さんを女として好きになる男。彼女な母さん。彼氏なあの人。繋げられる可能性ゼロなあいつとオレ。  ぐるぐるする。ちょっと待って母さん、あと少し考えさせて。整理したい。いろいろ。……いろいろを。 「そうだ、ルームメイトさんお料理するでしょ? 持って帰る? 土筆」 「……いらない」  言葉にはなにも乗らない。
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