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差しのべられた手を取るべく、颯太を見上げたわたしは、冬晴れの逆光に目を細めた。
長めの前髪にかかる颯太の黒縁眼鏡のフレームの端が得意気に光る。
「……うん。
早く納得がいく下絵が描けるといいね」
「頑張りますよ。
きみは僕が初めて心の底から描きたいと思った人ですから」
触れ合って繋がった逞しい腕に引き上げられ、わたしは颯太と並んで立った。
クラスでも高い部類に入るわたしよりも高い身長差が、颯太を男の人なんだと感じさせる。
太い喉も、広い肩幅も、普段運動している人のそれとは違うものの、厚手のイエローパーカーからすらりと伸びた手指の長さと美しさには驚嘆のただ一言。
芸術家の繊細な指は不思議のかたまりで、魔法みたいな綺麗な世界を指先から産み出していく。
颯太の右手が描く世界。
キャンパスに向かう真剣な眼差し――
「梓、そろそろいい?」
「あっ、ご、ごめん、ついうっかりして」
無意識のままにずっと颯太の手にぺたぺた触れていたことに気付き、すぐにもパッと手を離したわたしは、どうにもこうにもばつが悪くなって、はにかんだ笑顔で誤魔化そうとした。
「じゃあ、始めますね」
颯太は全く意にも介さないといった様子でイーゼルに置かれた鉛筆を取り上げ、広げられた大判のスケッチブックとわたしを交互に見比べる。
「梓。
そう、首の向きはそれでいい。
背筋をピンと伸ばして、うん。
――笑って」
鉛筆を一本の軸にして、わたしをまっすぐに見つめてくる颯太の真剣そのものの視線が熱い。
風がびゅうと吹き付けて、颯太の柔らかい前髪が彼の頬を優しく撫でていく。
くすぐったいのか時折目を細め、鼻の頭を掻くしぐさも、絵に向き合う真剣な眼差しも、緊張で強張っていくわたしの身体を労るように話し掛けてくれる優しい声も――
この時だけは、わたしのもの。
高校二年生、青春真っ盛りのわたしは今、美術大学で日本画を学んでいる土屋颯太に恋をしている。
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