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颯太御用達の画材店は、駅ナカに展開されるテナントの中でもかなり広く、ありとあらゆる画材が詰まっている宝箱のような色とりどりの店内に、わたしは歓声をいくつも上げた。
らくがき帳からキャンバス、様々な固さの鉛筆からカラーペンだけでもあっと驚く程の品揃えで、試し書き用に貼り付けられている紙の上に、幾つもモジャモジャ虫を書いてはしゃいだ。
「女子高生はペンに夢中ですか?」
「だって綺麗だもん、ピンクだけでもこんなに沢山……」
「そうだね、じゃあ僕は青にしようかな……」
紙の上に書かれたのは、わたしの名前。
角張った颯太の文字はまるで、国語のお手本文字みたいで、とっても綺麗だった。
つられて隣にペンを走らせたわたしのピンクの文字は、丸文字で、なんだかいかにも子供っぽい。
“ 颯太 ”
スマホで送るのとは全くわけが違っていて――、
この瞬間、“ 颯 ”“ 太 ”という字は、わたしの中で特別な字になった。
「はっせん……、に、にまん……!?」
日本画コーナーの絵具の値段を見て腰を抜かしそうになったわたしのリアクションを颯太は予測していたみたいだった。
「日本画を彩る岩絵具は普通の絵具と違って特別なんです。
古来からの伝統を守って受け継がれてきた技術を、現代の感性で描くことが出来る――すごいことだと思いますよ、ほんとに」
颯太に逢うまで、日本画は浮世絵や屏風といった古風なイメージしかなかった。
壁に額を入れて掛けられている絵の多くが最近出てきた気鋭画家の作品で、どの絵も西洋画に通ずるような人物や風景が生き生きと描かれていた。
画材を見つめる颯太の眼はいつも以上にキラキラして見える。
「服もそうだけど、颯太はセンスいいよね」
「梓、夢を壊してしまうようで申し訳ありませんが、この服は同じ美大に通う友人から譲り受けたものです。
今でこそぼくは日本画を選択して良かったと思っていますが、当初はそれすらも適当な理由で決めました。
ぼくは要領も悪いですし、キャンバスへ描き出すまでの時間も人より長い。
職人肌だと友人は言ってくれますがね……今回の課題は、ぼくにとってこれまでにない程の難題だったんです」
颯太のことを、初めて聞かされた気がした。
好きの幻想に隠されていた彼の一部、彼の弱さを知った気がしてなんだか嬉しくなった。
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