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「先生ちょっと外すから。西原くん、その子見張っといてね」
「はい」
「別に逃げませんけど」
「前科者は偉そうに言わないの」
ピシャリとドアが閉まると、一気にしんと静まり返った。消毒液の匂い。清潔なシーツの匂い。窓際のひだまりの匂い。そこに混ざりこんでくる、微かな汗の匂い。……西原の匂いだ。
そこまで思考が到達した途端、慌てて妄想を打ち消した。バカか、オレ。すぐそばに奴がいるのになに考えてんだ。
「……前科ってなに、東野」
ぼんやりとした声が降ってくる。布団をグッと持ち上げて、顔半分を隠した。ダメだこの状況は。ダメだ。
「いない間に教室帰ったら怒るんだもん、センセー。オレに気があんのかな」
「東野がちゃんと報告しないから心配になるんだろ」
正統派の答えを述べて、それから西原はフッと真面目な顔になった。
「まあ、おまえに気があるのかも? だって明らかに態度違う」
「それマジ顔で言うかよ。返答に困るって」
ははっと笑い飛ばすと、若干頭痛がした。弱ってるな、オレ。体育で倒れるとかシャレにならない。しかも、その理由が寝不足ってなんなんだ。テスト前でもないのに。彼女と一晩中イチャコラしてたわけでもないのに。バカか、オレ。……バカなんだ、オレ。
「尾永さんとうまくいってる?」
ドキッとした。なんでそんなこといきなり振るんだ。しかも保健室で寝てる親友に対して訊くことだろうか。まったく、わかってはいたけれど、西原は相当変わっている。
「……うまくいってるよ」
「そ。なら、いいんだけど」
「どうせサツキがあることないこと言ってんだろ。あいつの言うこと真に受けんなよ」
思わずきつい声が出た。西原は一番近くにいるのに、一番優しくできない。からかいたくなる。冷たくしたい。理由なんてわかってる。美南の彼氏をやってるオレは嘘っぱちで、だから窮屈で痛くて、眠れなくなる。
こいつのことを考えているだけで、夜も眠れない。倒れたのはオマエのせいだ、わかってんのか西原。
「わかってるよ」
ギクッとした。
落ち着けよ。こんな、保健室でふたりだけなんて状況で舞い上がるな。悟られたら終わりだ。バレたら全部終わる。西原の親友ポジションを失ってしまう。そんなのごめんだ。
「寝るから。出てけよ」
布団を被って背中を向けた。ひとりにしてくれ。
「……センセーに見張り頼まれたし」
寝られやしない。
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