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卒業。独り暮らし。大学生。マジか。もうすぐコイツとも離れ離れとか、マジか。
卒業式なんて永遠にこなきゃいい。バイバイとかさよならとか、3年間何気なく落としまくってきた言葉が、今までとはまったく別の意味を持ってしまう。卒業して別れたら、その後また会える確率ってどれくらい? それって、俺がコイツに玉砕する確率とどっちがどうなわけ?
窓の外がクリアに見えてくる。ハアッと息をかけたらまた曇り、ぞうきんをかけるとキュッキュと歌い、そしてさらにクリアに視界が拓ける。
オレの視線の先で、彼がベランダの手すりを拭いている。「寒いから中、おまえやれよ」と内側の窓拭きを男前に譲ってくれたけれど、知ってるか、窓開いてたら中も外も関係ねえよコレ。
「くそサムッ。時間まだかよ」
思わず愚痴ると、黒くなったぞうきんを振り回しながら彼は笑った。
「終わったら肉まん食って帰ろーぜ」
「肉まん。いいね。いますぐ食いてえ。買ってきて」
「奉仕活動なう。シバかれるわマジでやめて。最後までパシらないでー」
「いつもパシってないだろ」
「えーパシられまくってんじゃんオレ。こっから昇降口の自販機までダッシュさせられた回数数えたら血の涙出る」
「マジか」
「マジだ」
自覚のない俺を軽く笑い飛ばして、彼はその場にしゃがみこむとバケツにぞうきんを突っ込んで洗い出した。ジャブジャブと、冷たい水音が二人きりの窓辺に反響する。
グラウンドでは下級生たちがサッカーをしている。時折聴こえる笛の音が、終わりを速める足音のように、ゆっくりと首を絞めていく。
「俺のもやって」
窓枠を片手でつかんで、わざと振りかぶったぞうきんをバケツ目掛けて放り投げた。ベチャッと鈍い音で着水したそれは、地味に広範囲に飛沫を散らしたようだ。
「わ、マジないわ」
狙いどおり、彼も広範囲でビショビショだ。
「ははっ、ざまあみろ」
指を差して笑っているうちに、不意に泣きたくなった。ざまあみろだ。おまえが「最後」とか言うから悪い。おまえが悪い。おまえが悪い。
「くっそ、責任とれ」
怒ったふりをした彼がベランダにぞうきんを投げつけて立ち上がった。そのまなざしに、キュンと胸が鳴く。
「冗談じゃん」
「許さねえ」
ぷっくり頬でズン、といきなり窓枠ごと手をつかまれる。カッと肌に熱が宿った。
「責任とれ」
「は」
「知りたくない? オレが喜んでパシられてた理由」
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