ポケットのなかには。

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 夢をみていた。世界は薔薇色に染まり、隣にはいつも彼。誰しもが俺たちを祝福し、認め、受け入れてくれる日々がくるのだと。  好きな男から同じだけの愛情を返され、求められる。それが人生で1度でもあればいい。男女の恋愛だって、必ずしもお互いの重みは一致しない。もしかしたら、この恋の次には報われるかもしれない、そういうこと。ただ、いまはまだ「人生で1度」の時期には尚早だったというわけ。  告白すらできずに玉砕していく俺は惨めだ。何度この気持ちを繰り返せば終わる? 繰り返し、繰り返し、今度こそこれが運命の恋だと言い聞かせては、自分の妄想のなかだけでしか進展しない官能小説にうんざりするだけ。現実は俺に厳しすぎやしない?   悶々と思考がメリーゴーランド。回り続けるそれを止めたのは、パイプオルガンの重厚で穢れを知らない音色。開いた扉の奥、新婦に巻きつかれた彼の姿が解禁された。ああもうだめだ、ロシアンルーレットな気分。  幸せそうな純白の女性。オルガンは穢れを知らないかもしれないが、貴女はさぞご存じなんでしょうね。彼より貴女に似合う男と、もしかしたらハネムーン先で出逢うかもしれないのに本当に結婚なんてして後悔しませんか。ひとつ忠告しておきますけど、彼は浮気症ですよ。学生時代に起こした揉め事は片手じゃ足りませんよ、それを知っても平気でいられますか。  醜い俺が視線だけで彼女にすべてを伝えられるわけもなく、自分のなかだけで成立しうる妄想に、頭は次第にシフトしていく。  バージンロードを歩く彼の隣には俺、あの逞しい腕に身を委ねて歩くのは俺だ。誓いの言葉を述べ、公衆の面前で恥ずかしげもなくキスを交わすのだ。彼のまなざしはどこまでも優しく、慈しむように俺を捉えてトロトロに溶かす。人前なのも忘れて、ふたりはきつく抱き合い離れない。やがて笑いがそこかしこで弾け出し、皆やんややんやと囃し立てる。「うるせーよ」と彼が照れながら笑い、「おまえらにはやらない」と俺が言うと、「いらねーよ」と揃って返ってきて、爆笑の渦。 「誓いのキスを」  パリン。  カタコトの牧師の声が、ポケットのなかの妄想を一気に打ち砕いた。何度叩いても、増えるのは砕けた欠片ばかり。ばかやろう。お幸せにとか絶対言わねえ。俺の不幸の上に成り立つ結婚なんて糞くらえ。
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