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「また痩せた?」
キッチンで後片付け中の彼の背後に立ち、その首に両腕を巻きつけてみる。
「うわ、よせって」
身動ぎしたせいで、水しぶきが飛んできた。泡のオプションつき。
「今日もあんま食べてなかったじゃん。まずかった?」
「おいしかったよ。オレ、あんたのつくる料理が一番好き」
流れる水を止めた手が、濡れたままオレの腕をきゅっと掴んでくる。控えめな手。昨日部屋に帰って来たときから、ずっと感じていた違和感。控えめな手。控えめな目。控えめな……いろいろ。
「シズル」
口づけようとしたのに、呆気なく顔を逸らされた。
「……実家でなんかあった?」
尋ねると、腕のなかでわかりやすく身体が跳ねる。
「なんか言われた? 彼女いるかとか、相手はいないのとか、……結婚まだかとか?」
「それ全部おんなじじゃん」
「あれ、そう?」
すっとぼけると、シズルはようやく肩の強ばりを解いて笑う。指先にグッと力が入った。
「いてえよ。袖びちょびちょだし」
「実家でさ」
オレの文句をバッサリ無視して、彼がぽつりと落とす。
「あんた、食べた」
「は?」
「つくし」
ドキンと胸が疼く。彼はオレの名前を滅多に呼ばない。そのくせ友達の名前は平気で呼び捨て。そのたびにひとり特別感を噛みしめるオレって安い男。
「このままでいいのかなって、さ」
痛いほど食い込んでくる指先。きっと爪痕が残る。いっそ血が流れてもいい。彼の印が残るなら構わない。
「苦くて、甘くて……あんたみたいだと思った。ねえ、オレ、あんたを好きでいていいのかな?」
泣きそうにゆらゆら揺らぐ声、でも涙は絶対に見せない男。
「どういう意味?」
「母さんはまだ『女』なのに。オレはどっち着かずだ」
シズルの母親はもうすぐ再婚する。女手ひとつで彼を育て上げた『母』の、突然の『女』宣言。まっとうな息子の道を歩めない彼が戸惑うのも当然で、実際オレだってまだこなしきれていない。
でも。でもさ。わかりきっている事実がここにはある。
「シズルは男じゃん。だからオレが好きになったんじゃん」
振り返る愛しい顔。鼻先が触れ合う。目が合う。
「女のオレと結婚して子供つくんのと、男のオレとずっとふたりきりでいんの、どっちがいい?」
生産性なんか知るか。オレは胞子撒き散らしたりなんかできない。シズルにつきまとうしか脳がない。
「ツクシ」
近づいてきた唇が、触れる間際にオレの名を呼んだ。
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