第1章

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 文学少女。という言葉を聞いたことがある。イメージは、古き良き時代、お下げ髪を垂らした色白の女の子が、本を読みながら歩く姿。活字離れが進んだ現代では、到底お目にかかれそうにない。  だけど、私は出会ってしまった。  清楚な黒髪に、白い肌。細い手足に、歩く姿は上品。その片手には必ず本を抱えていて、僅かな時間でも手放さないほどの本好き。  ただし、その人というのは、男性で、おまけに見ず知らずの他人の本に一目ぼれするような変人で。  私は、密かに彼のことを『文学青年』と呼んでいた。 「月花、童話を読んだことはある?」 「…シンデレラとかなら」  世界的に有名な話だ。女の子が王子様に見初められてハッピーエンド。子供の頃、一度は憧れた話だ。でも、大人になって現実を知る度、皮肉な物語に思えてきてしまう。  いつものように、遙人の言葉は突飛だ。突然何と、もはや突っ込む気にもならない。 「だったら、次はこれ」  渡されたのはB6版の文庫だった。カバーの隅に少年文庫と書かれているのを見ると、子供向けの本のようだ。ぱらぱらと開いた中身も、平仮名が多くて、漢字は少ない。十九歳の私にすると、正直読みにくい。  小さく礼を言って受け取ると、ショルダーバッグに丁寧に仕舞い込む。本を愛する文学青年は、本の扱いにはとことん厳しいのだ。 「ペロー童話集だよ。作者のシャルル・ペローは…」 「遙人…薬をもらいに行かなきゃ。薬局が閉まるよ。薀蓄は後にして」  険しい顔で告げると、遙人は慌てて時計に目をやった。お昼御飯が終わったからすでに三時間。遙人は、本を片手に薀蓄語りばかりしている。それを三時間近く聞かされている方は、そろそろ疲れてきた。  根っからの本好きと、夢も希望もなく適当に進学した文学部の大学生では、本にかける情熱が違う。そもそも、私は遙人に出会うまで、文学部生とは名ばかりの学生だったのだから。  処方箋を手に取り、病室を出る。遙人の病室は八階なので、必然的にエレベーターを使うこととなる。遙人はこの病院の入院患者で、恐らく呼吸器系の病気。恐らくと言ったのは、遙人は自分の病気のことを話さないからだ。だから、私が勝手に推測した。無闇に踏み入る話でもないと思っているからだ。八階から地上の薬局まで歩いていくのは無理なのだ。  遙人と並んで病室を通り過ぎ、エレベーターの辺りに差し掛かったその時だった。
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