<シャーロック・ホームズな夫>

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通話を終えた緩井は、智也のもとへと向かった。先程の通話で和也が、里紗からの連絡に返信した直後に、恵美に自宅へと向かうように促したと言っていた。 帰路についてから既に二十分は経過している。恐らく二十三時三十分頃には帰宅してしまうだろう。それまでに解決をしなければ。焦る気持ちを抑えながらリビングへと戻ると、何故かスーツに着替えた智也が椅子に座っていた。 「あれ、着替えてどうしたの?」 「……緩井君は恵美の居場所を突き止められるかい?」 神妙な面持ちで緩井を見据えた。どう答えるべきか考え込んでいると、智也が続けた。 「きみは夫である僕よりも先に、明日がなんの日かを推理して解いてみせた。だから恵美の居場所も、きみの推理力なら分かるだろ?」 「残念ながら俺はホームズじゃないんだよ。むしろホームズはそっちだろ?」 「やめてくれ。僕はただの情けない人間さ。なあ、頼む。きみの本物の推理力なら、きっと……」 勢いよく立ち上がった智也の両手が、緩井の肩を掴んだ。力のこめられた指先が食い込み、すぐに振り払ったため一瞬ではあったが、緩井の顔を歪ませた。 一歩後退して距離をとり、無言のまま首を横に振った。すると智也は意外にも冷静な様子で自室へと戻っていった。間もなくして銀行名が印字された通帳と、キャッシュカードを片手に緩井と対峙した。 「……暗証番号は後で教える」 「旅行費と失業手当の次はなに?」 胸元に突きだされた通帳には視線を向けず、智也を真っ直ぐに見つめる。 「仕事を辞めてから生活費で使ったから少ないが、それでも緩井君が当面の生活に困らないぐらいの金額は残っている。これも全額渡す。だから――」 「だから助けてくれって?」 「そうだ、また困った時の金かよと思ったかい?でも僕はホームズでもなければ、緩井君ほどの推理力もない。この方法しかないんだよ」 「……分かった。引き受けるよ」 通帳とキャッシュカードを受け取る。 「本当かい?」 「うん。その代わり、恵美さんを大事にすると誓えるか?助けられたとしても、また同じことを繰り返したら意味がないからな」 智也は問いに、何度も頷いた。時計に目を向ける。時刻は二十三時十五分を過ぎた。 最後の仕上げだ。緩井はアプリを起動させ、和也へとチャットを送信した。間もなくして智也の携帯の着信音が、静かなリビングに鳴り響いた。
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