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二人の関係が恋人に変わり、それに伴い環境も大きく変化した。会社ではコンビニ弁当ばかり食べていた彼のために、不慣れながらもお弁当を作って持っていたり、残業がない日は一緒に帰り、彼宅に泊まったりもした。
最初は会社の人間にも黙っていたが、そんな調子だったので、関係性を指摘されるまで時間は要さなかった。からかわれたりもしたが、その度に照れ笑いを浮かべる彼を見ると悪い気はしなかった。そして二十五歳を迎えた頃、彼が住んでいた部屋をでて、川崎駅から徒歩十分といった、好立地のマンションの一室を借りた。そして間もなくして私も実家をでた。同棲は彼からの提案だった。
わざわざ新しく借りたのは、もともと彼が暮らしていた部屋は狭いうえに、ホームズ関連のグッズを収納するショーケースや本棚で占拠されており、二人で生活していくには不便と話し合った結果だった。引越し当日、家具などを搬出する業者が、初めて彼の部屋をみた私と同様の反応をみせたのは言うまでもない。
同棲を始めてしばらくは幸せな日々を過ごしていた。まさに順風満帆。互いに自分の部屋があるのでグッズは彼の部屋にいき、前の部屋と違ってリビングはスッキリしていたし、食事のときや何気なくテレビを見ているときなど、職場以外で同じ空間にいるときは決まってホームズの話をされたが、熱心に語る彼は嫌いではなかったので苦にもならなかった。生活に違和感をおぼえたのは、同棲を開始してから一年後の二十六歳になった頃だった。
テレビ台の上にはホームズとワトソン、そしてモリアーティ教授というキャラクターのフィギュアが箱に入ったままで飾られており、壁には去年の今頃に一緒に映画館まで見に行った時の、透明なビニール入りのパンフレットが画鋲でとめられている。それも一枚ではない。
上映されたのは名作といわれている(彼曰く)赤毛連盟という作品だったのだが、そのパンフレットは勿論のこと、シャーロック・ホームズの帰還や 緋色の研究、 四つの署名といった原作ファンが多いとされている作品のパンフレットまで作成され、大々的に販売されていた。
彼は目を輝かせながら、全てのパンフレットを二部ずつ購入した。そして一部は壁に、残りは例のショーケースに飾っている。自分の部屋、リビングにいる時にでもホームズを見るためと言っていた。
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