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名前を呼ばれたのは、着替えを済ませてから約四十分後。リビングへと向かうと、ちょうど皿に盛られたオムライスがテーブルに置かれたところだった。
夕食を用意してくれるのは今回で二度目だった。一度目は以前に彼宅へいったときに好物を訊かれ、オムライスを作ってくれた。卵は焦げていたし、チキンライスも強引に包もうとしたのか所々が破けており、お世辞にも見栄えがいいと言えるものではなかった。
「遅くなってごめんね、食べようか」
しかし今回は破けてる部分もなければ、外側も半熟状態で視覚からして美味しいと感じた。椅子に座ると、彼がケチャップをかけてくれた。卵とバターの甘い香りが鼻腔をくすぐり、空腹感を刺激した。促す彼が見つめるなか、スプーンを使って一口大にすくう。
「どうかな?」
「……美味しい。前よりも上手になってるし、もしかして内緒で練習してた?」
「うん、僕だけ仕事が休みの日には昼食に作ったりしてたんだよね。美味しくできて良かった。なんていうのかな、卵を焼くときの火加減が難しくてさ。あと包むときの緊張感といったら、推理小説を読んでるとき以上のスリルだったよ」
途端に表情が明るくなり、身振り手振りでオムライスとの闘いを饒舌に語りだした。そんな彼を微笑ましく思いながら「うん、うん」と相槌をうち、最後まで美味しく食べることができた。しかしその一方で、違和感は拭いきれずにいた。
もちろん誕生日を覚えてくれていたのも、私に知られないように陰で料理の練習をしてくれていたのは嬉しい。だが彼は互いに休日のでも、午後のロードショウでホームズ関連の番組が再放送されるとわかれば、私と出掛ける予定は後回しで、画面を食い入るようにみる。それが記念日でも例外はない。
一緒にDVDを借りにいったときも私が観たいものなど訊きもせずに、昔に放送されていたホームズのドラマや映画を手に持ってくる。一度だけ反論したこともあったが、あからさまに不機嫌になられてしまった。おかげで‘バスカビル家の犬’と‘赤毛連盟’は、台詞をきくだけで映像が頭のなかで再生されるようになった。だからこそ、彼がサプライズで祝ってくれたことに違和感を覚えたのだ。
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