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「でも急にどうしたの?」
私のなかで渦巻く割り切れない気持ちを消し去りたくて、洗い物をしてくれている彼の横顔に疑問を投げかけた。上機嫌な証しである鼻歌がピタリととまる。蛇口から流れる水がシンクに当たる鈍い音が、やけに耳障りに感じた。
「急にかな?え、もしかして迷惑だった?」
「そんなわけないじゃん、嬉しかった。でも記念日よりもホームズを優先するくせに、どうしてサプライズまでして祝ってくれたのかなって思って」
「なるほど。なんだか恵美に申し訳ないなって思ってさ」
「……記念日のことなら、もう気にしてないから謝らなくていいよ?」
「いや、記念日もそうなんだけど、恵美が元気ないのって僕のせいだよね?自分の部屋だけでなく、恵美の部屋やリビングにまでグッズ置いたり、きっとホームズ中心の生活を僕が送ってるから、苛立ったり、色々と考えちゃって元気がなかったのかなって。だからお詫びの意味も込めて、お祝いしてみたんだけど」
図星をつかれ言葉を失ってしまった。気付いていたのだ。彼といるときは明るく振舞うように心がけていたにもかかわらず、彼は察してくれていたのだ。そしてホームズではなく、私のことを考え、こうして祝ってくれたのだ。
「……なんか智也、名探偵みたい」
無意識のうちに泣いていた。生温い大粒の涙が頬を伝った。
「名探偵?はは、そりゃ僕はホームズを愛してるからね」
もう言葉はでなかった。雨のような涙を流す私を困った顔で慰める彼の顔が、にじむ視界で揺れていた。
「とにかくこれからは気をつけるからさ、改めてよろしくね。誕生おめでとう」
背中をさすりながら言うと、目の前に小さな白い箱を差しだしてきた。握り締めていたティッシュで目元を拭いながらそれを受け取る。外装はシンプルで軽い。
彼に促されるまま、箱のフタ部分を持ち上げた。そして思わず目を疑った。なかには見事な輝きを放つ、ブリリアント・カットの指輪が納められていたからだ。
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