<シャーロック・ホームズな夫>

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寝室の中心部にベッドがあり、左側にはベランダ。シンプルな白いカーテンが掛けられている。そして右側には三台ものガラス製のショーケースが設置されていた。壁には見たこともない形の帽子を被り、手にパイプを持った男の銅像の横で、満面の笑みを浮かべながらピースをしている彼の写真が画鋲でとめられていた。 “順番に説明していいかな?”と憚りながらも話を切り出した。顔を見合わせて頷くと、一度だけ咳払いをしてから視線の先にある写真を指さした。 「これは僕が二十七歳のときに、ロンドンへ旅行にいった際に撮ったものなんだ。正確にはベーカーストリート駅前に建てられているんだけどね。そうそう、ベーカーストリート駅は地下鉄なんだけど、ホームに向かうまでの通路も凄かったな。なにが凄いって、小さなホームズのタイルで、大きなホームズが描かれているんだよ。あれには驚いたね」 勢いに圧倒されている私を横目に、今度はショーケースの戸を開いた。 「ホームズ以外にワトソンっていうキャラクターがいて、ホームズの友人でもあり相棒みたいな存在なんだけどね。二人はベーカーストリートの221Bっていう住所に一緒に住んでたんだ。今はシャーロック・ホームズ博物館として人気を博してるんだけど、これはそのギフトショップで買ってきたものたちなんだ」 徐にイラストや名前が記載されたポストカードを手渡された。適当に眺めてから返すと、今度は銅像が被っていたものと同じ形をした帽子とパイプを渡された。その際に“ホームズは鹿撃ち帽子、通称シャーロック・ホームズハットとパイプを愛用していたんだ。あ、落とさないように気をつけてね”と真剣な顔つきで言われ、思わず笑ってしまった。 興味のない私からしてみれば価値の分からない物ばかりだが、彼からしてみれば宝物なのだろう。丁寧に一通りみたあと“凄いね”とだけ感想をいって返した。彼は慎重な手つきでショーケースへと戻してから部屋の電気を消すと、リビングに戻るよう促した。彼がホームズ好きというのは充分なほど伝わったが、だからといって嫌われる可能性を心配していた理由は分からなかった。
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