一章・お姉妹(1)

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「午後の授業は中止。自宅に連絡が取れる人は、迎えにきてもらえるように頼んで。それ以外の人は出身中学校ごとに班を作ってただちに帰宅するように」  機械の音声を連想させる極めて事務的な口調だった。 「何かあったの? センセー」  教室の後方からそんな質問が飛んで、担任の青山が小さく頷いた。 「〇〇高校にナニモノかが侵入したらしい」  その高校は姉の通う近所でも有名な底辺校だった。それにしても『ナニモノか』とはどういうことだろうか。  そんな新たな疑問が生まれはしたが、母の電話の意味を理解した私は「お姉ちゃんに何かあったの?」と聞くと「わからない」と母は言った。 「え……嘘」  とは私の机に机をくっつけていた女子生徒であり、彼女はケータイのワンセグでお昼のニュース番組を観ているようだった。  私の記憶が正しければ彼女の交際相手が件の高校に在籍していたはずだ。 「ニュースでやってるの?」  彼女が首肯する。私は改めて眉をひそめた。  ナニモノかを不審者に変換して考えていたが、事態はもっと複雑なのかもしれない。  不審者が侵入した程度の話ならばここまで大事にはならないはずだ。つまりはもっと――、 「学校が真っ赤」  青い顔で彼女はそう言った。 「真っ赤ってなに?」  彼女は私にケータイの小さなディスプレイを見せた。  そこに映っていたのは上空からの映像だ。〇〇高校の上を飛ぶヘリコプターが、朱色に染まった学校を映し出している。  私は画面右上に表示されたテロップを読んだ。  ――〇〇高校でテロか。死傷者不明。  声を張り上げるレポーターがその惨状を語っていた。  判明している生存者が十数名だということを。  血の臭いが辺りに立ち込めているということを。  そして校舎の窓から肉片のようなモノが見えるということを。  普段は死体にモザイクをかける日本のテレビ番組が、残酷でグロテスクな現状をお昼時に流すというのは正直考えがたかったが、しかしそれはそれだけの異常事態であることの裏付けでもあった。  生存者十数名――私の姉は生きているのだろうか。  いや、無理だろうな。薄情ではあるけれどそう思わざるを得なかった。  だって姉は――ナニモノにも成り得ない愚図なのだから。
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