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驚いたように智樹さんが近づいてきて、後ろからあたしの腕をひいた。
あたしは溜まっていた感情が噴き出して、振り返り叫んだ。
「もう優しくしなくていいよ。智樹さんはあたしのこと好きでもなんでもないくせに!」
そのとき、ピシピシッっとガラスにヒビが入る音がした。
一瞬の間を置いて、智樹さんがあたしを引き寄せ、頭を抱え込むように、胸の中に収めた。
次の瞬間、世界がぐらりと揺れた。
興奮していたせいで、何が起こったのか、よくわからなかった。
地震は震度3くらいあったかもしれない。すぐおさまったにもかかわらず、智樹さんはその後もずっと、あたしを強く抱きしめ続けていた。
「大丈夫だよ、菜月、大丈夫だ」
子供をなだめるように、やさしく、やさしく、繰り返し言い、智樹さんは抱きしめたあたしの頭を撫で続けていた。
少しずつ、あたしは落ち着きを取り戻して、智樹さんの胸のぬくもりの中でいつのまにか涙も止まっていた。
ここはなんて気持ちがいいんだろう。
ずっとこうしていたい……。
しばらくして、道場の横開きの扉がガラリと開く音がした。誰かが来たのに、智樹さんはあたしを抱きしめる手の力を弱めたりしなかった。
智樹さんは顔を上げて、現れた人に何やらうなずいている。
あたしがぼーっとした頭のまま、そっと智樹さんの腕の中で顔をあげると、開かれた入り口に、沈痛な面持ちの家元と斉藤さんが立っているのが見えた。
「大丈夫?菜月」
やわらかな口調で、智樹さんは腕の中のあたしを見下ろした。その顔はとても切なげに見えた。
「今日の鍛錬はここまでにしよう。部屋に送るから」
「……うん」
なぜだか、足にうまく力が入らない。智樹さんに支えられる形で立っていたあたしは、智樹さんにすっと抱え上げられた。
はっきりしない頭のまま、家元たちの待つ扉のほうへと向かう。
出る直前にふっと道場を振り返ると、部屋をぐるっと囲んでいる上部の空気取り用の小さな窓すべてに、ヒビが入っているのが目に入ったけど、そのときは何故か気にならなかった。
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