第1章

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驚いたように智樹さんが近づいてきて、後ろからあたしの腕をひいた。 あたしは溜まっていた感情が噴き出して、振り返り叫んだ。 「もう優しくしなくていいよ。智樹さんはあたしのこと好きでもなんでもないくせに!」 そのとき、ピシピシッっとガラスにヒビが入る音がした。 一瞬の間を置いて、智樹さんがあたしを引き寄せ、頭を抱え込むように、胸の中に収めた。 次の瞬間、世界がぐらりと揺れた。 興奮していたせいで、何が起こったのか、よくわからなかった。 地震は震度3くらいあったかもしれない。すぐおさまったにもかかわらず、智樹さんはその後もずっと、あたしを強く抱きしめ続けていた。 「大丈夫だよ、菜月、大丈夫だ」 子供をなだめるように、やさしく、やさしく、繰り返し言い、智樹さんは抱きしめたあたしの頭を撫で続けていた。 少しずつ、あたしは落ち着きを取り戻して、智樹さんの胸のぬくもりの中でいつのまにか涙も止まっていた。 ここはなんて気持ちがいいんだろう。 ずっとこうしていたい……。 しばらくして、道場の横開きの扉がガラリと開く音がした。誰かが来たのに、智樹さんはあたしを抱きしめる手の力を弱めたりしなかった。 智樹さんは顔を上げて、現れた人に何やらうなずいている。 あたしがぼーっとした頭のまま、そっと智樹さんの腕の中で顔をあげると、開かれた入り口に、沈痛な面持ちの家元と斉藤さんが立っているのが見えた。 「大丈夫?菜月」 やわらかな口調で、智樹さんは腕の中のあたしを見下ろした。その顔はとても切なげに見えた。 「今日の鍛錬はここまでにしよう。部屋に送るから」 「……うん」 なぜだか、足にうまく力が入らない。智樹さんに支えられる形で立っていたあたしは、智樹さんにすっと抱え上げられた。 はっきりしない頭のまま、家元たちの待つ扉のほうへと向かう。 出る直前にふっと道場を振り返ると、部屋をぐるっと囲んでいる上部の空気取り用の小さな窓すべてに、ヒビが入っているのが目に入ったけど、そのときは何故か気にならなかった。
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