第1章

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あたしは記憶をたぐりよせたけど、特に思い当たらなかった。 「うちのクラスのサッカー部の子のところに最近よく来てて、何回か話したくらいだけど、ああ、それも智樹さんの話ばかりだったよ」 「……中川のやつ。人をだしにつかいやがって」 智樹さんは外を見ながら、小さくつぶやいた。 なんだか機嫌が悪い。 智樹さんって意外と短気なんだから。 そのまま智樹さんは黙ってしまって、車内は重苦しい空気に包まれた。 わけがわからず、ミラー越しに助けを求めると、森野さんは苦笑し小さくため息をつくだけだった。 夕食のときも隣の智樹さんは黙ったままだった。 車の中のように機嫌が悪いというよりも、今度は元気がないように見える。具合でも悪いのだろうか。 あたしは小さく息を吐いてふと顔を上げると、家元と奥様がこちらを見ながら、こそこそと何か話をしている。 そして、家元は、うぉほんと咳払いをして口を開いた。 「新婚の若い二人はけんかでもしたのかな。智樹、だめじゃないか。どうせお前が悪いのだろう」 智樹さんはゆっくりと顔をあげて家元を見てから、あたしの方を向いた。 「うん。ごめんな、菜月」 とても悲しそうな顔をしているので、あたしはどきっとしてしまった。謝られたのに、あたしが何か悪いことをしてしまったのかと、慌ててしまう。 それから、智樹さんは箸を置くと「ごちそうさま」とつぶやいて席を立っていってしまった。 あんな悲痛なおももちの智樹さんは見たことがない。 とても心配になり追いかけようかと思ったところに家元が声をかけてきた。
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