第1章

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「菜月さん、智樹は何かあったのかな」 あたしは困惑してぶんぶんと頭を振った。 「あたしにもよくわからないんです」 学校で何かあったのだろうとは思う。 中川さんがどう関係しているのかはよくわからないけど、あたしの中では明日香先輩の言葉がぐるぐるとめぐっていた。 『好きな人がいるって言われたのよ』 どんな人なんだろう。智樹さんが好きな人って。 同じ学校の人だろうか。 まだあの学校にいるのだろうか。 そう思ってふと気づいた。 ……今日、その人に会ってしまったのだろうか。 その考えが浮かんだとたん、胸の奥がまた苦しくなった。 それを家元たちに悟られないように、あたしは「ごちそうさまでした」と言い、笑顔を作って家元たちの前の席を立ち部屋へと向かった。 どうしよう。あたしとの結婚が智樹さんを苦しめているのだろうか。それであんな悲しい顔をさせてしまったのだろうか。 あたしは自分の部屋に戻る途中、身を切るような思いが頭に浮かび、廊下で立ちつくした。 ……あたしが身を引いたほうがいいのだろうか。 その夜も智樹さんと『気』の鍛錬をした。 やっぱり智樹さんにいつものような明るさはなく、ひどく気落ちしているように感じた。 それでも無理に笑顔を押し出している智樹さんを見ると心が痛んだ。 雑念がありすぎて集中できずに、あたしは型を取っていた手をおろした。 「どうした?菜月」 あたしは目の奥が熱くなってきたので、急いで後ろを向いた。 一度思いついた考えがどうしても頭から離れない。 あたしなんかが雲の上の存在の智樹さんの妻だなんて、やっぱり無理があるんだ。
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