第11章

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「サラディーンが彼と交わした誓約は本当だったのか?」  ロジオンは興味心が押さえられずに訊いた。ムスリムの大軍が包囲する中、先のヒッテーン会戦で敗戦した彼が、イェルサレムに残って夫の帰りを待っていた妻を救出するために敵将に面会を申し出、入城をサラディーンが許したというのだ。条件は、武器を持たぬ事、期限は一日。探すと言っても、彼女の地位では容易なずだ。難民のように酒樽の中に隠れているわけではない。 「ホントさ、バリアンは丸腰で城門をくぐって来た。だけど、坊さんたちが軍を指揮してくれって頼み込んだんだ。正直、難民の俺たちや東方教会の信者たちには、クリスチャンの坊さんの意固地さが憎々しかった。分からずやっていう限度を越してるよ」  結果、クリスチャン聖職者の熱意に負けて防衛のフランク軍を指揮することになる。だが、その前に再度サラディーンの前に戻って、赤裸にその旨を伝える。サラディーンは、バリアンの正直さと高潔さに感じ入って誓約を解き、開戦前に妻マリアに護衛をつけてフランク軍が護るティールに送り届けたという。 「一旦、開戦すれば、ヤーファの有様を見てきた俺たちにはバリアンだろうと勝ち目があるなんて思えなかった。俺は、ずっと兄貴にくっついて震えてるだけだった。殺されるなら、せめて兄貴と一緒にって」 ジェフの肩を抱くロジオンの掌に力がこもる。  籠城九日目に北側の城門をムスリム軍に突破された事で、結局は開城した。抵抗しない者には寛容なサラディーンだが、何度も無血開城を言い渡しても応じなかったイェルサレムにはヤーファと同じ運命が待っているはずだった。  だが、バリアンの人物的魅力が、またもやサラディーンの心を溶かす。バリアンは、『住民の命を保証しなければ、岩のドームを破壊して、五千人のムスリム捕虜を道ずれに最期まで戦う』と言ったのだ。  そこでサラディーンは、住民に身代金が払えれば解放することにする。男は十ディナール、女は半分の五ディナール、子供は一ディナール。夫婦と子供二人のひと家族でも二十ディナールに満たない身代金だが、一般人には成人男性の二年分の収入に相当する。その数は、ざっと一万人だ。  だが、サラディーンの弟でヤーファを血の海にしたアーディルが、戦争孤児には身代金を免除するよう嘆願し、サラディーンがあっさり快諾して、ジェフたちは解放された。それは老齢者も同じだ。
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