第11章

16/29
113人が本棚に入れています
本棚に追加
/407ページ
 先に無条件降伏したティベリアやアッカでは、フランク側の城主も住民も退去するのにムスリムの護衛がついたと聞く。虐殺と奴隷というペナルティを受けたのは、唯一強硬に抵抗したヤーファだけだ。    十代の少年は、労働力としても売れるはずだ。それを、どうして逃がしたのか? なぜ、この兄弟だけを? 報酬もなしに? そんな疑問をロジオンは飲み込んだ。ジェフが理由は語らず逃亡劇の話しを続けた事で、多分知っているが話したくないのだと察したからだ。 「俺たちは、聖地イェルサレムに辿りついたんだ」  その頃には、地中海沿岸地帯の多くのフランク拠点地が、剣を交える事無くムスリムに降伏していた。彼らが何とか持ちこたえていたのは、ティールとイェルサレムのみ。   ティールは、他の地域で砦を失ったフランク軍が集結していて防衛は強固だった。だが、サラディーンの目的は、フランクに奪われた聖地奪還。ムスリムは、いよいよイェルサレムに進軍した。  一方、フランクのイェルサレムの守り手は一握りの騎士だけ。住民は軍事経験のないブルジョワか、ジェフたちのような各々の町の戦火を死に物狂いで逃れてきた武器も持たない難民。そして、東方教会派の信者たちだ。ムスリムの大軍に一斉攻撃されれば、阿鼻叫喚の結末しかない。 「だけど、サラディーンは無血開城を言ってきた。財産の没収と身代金を支払って城壁から出てくれば、キリスト教聖地の尊重と巡礼の容認するって」  十字軍が占領する前から住人であった東方キリスト教諸派(ギリシア正教・アルメニア・グルジア・コプト・シリア教会)は、もともと平安だったムスリム統治時代を知るだけにサラディーンびいきであり、カトリック聖職者に軽んじられていたせいもあって、降伏勧告に従うようようフランクに要請する。  だが、クリスチャンが徹底抗戦を決断してしまう。十分な兵士がいないだけではない。防衛のための有能な指揮官がいないのに、である。 「ヤーファの二の舞かと、俺たちは思った」 「そこに、やって来たのがラムラー領主のバリアン・ディブラン」  ロジオンの合いの手に、ジェフは少し投げやりな笑いを漏らした。 「そう、奥方を探しにね」  奥方とは、ビザンツ皇女のマリア・コムネナ。彼女は、前イェルサレム王・アモーリーの二番目の妻だった。寡婦となった彼女を妻に迎えたバリアンは実質、国王に並ぶ地位にある。
/407ページ

最初のコメントを投稿しよう!