第11章

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「それどころか、俺たち孤児や未亡人には食料が配給されたんだ」  そこまで話したジェフは、また少し間を空けた。そして、済まなそうに声を落として付け加える。 「それでも、奴隷になって売られた人たちは一万人くらいいたけど……」  そうであっても、とロジオンも深く項垂れる。1099年に第一回十字軍がこの聖地をムスリムから奪った時、ムスリムだけでなく東方教会派の住民も虐殺された事とは対照的な結末だ。カトリック教徒以外は人間と見做さなかった十字軍を、同胞であってもロジオンは疑問を持たざるを得ない。  ロジオンがルードに囚われていた頃、第三回十字軍が編成されイングランド王のリチャード一世がムスリムからアッカを奪った。そして、地中海沿岸のアスカロンに築城した目的を、ムスターファはリチャードの野心がエジプト遠征に向かっていると評していた。『あなた方の聖都がエジプトにあるのかは甚だ疑問ですが』と、薄笑いで揶揄された思い出がある。 (あの時、私はムスターファをとてつもなく嫌悪していて、彼に『クリスチャンもムスリムも同じ人間』だと言われて、侮辱だと激怒したのだった)  だから、ムスターファがあの時言った言葉は一言も忘れていない。ただ思い出す時に言葉に乗る感情は、二人の関係が変わる前から徐々に変わってきている。 『キリスト教徒の皆さんは、各地に住むムスリムと同じように山を越え、海を渡って巡礼にいらっしゃれば良い。お国に帰られたら、もう無益な遠征はしないようにと公王陛下にご進言されませ、殿下』  あの時、言い争った後、ムスターファから口づけをされたせいで、今のロジオンの五感はムスターファの朗々として爽涼な声に支配されて、サラディーンの行動がムスターファの言葉を証明しているような気さえしている。  だが、その時、腕の中の温もりが心の中の憤怒とそれに相反する寂寥感を宿して震えている事を思い出した。そのジェフの顔を覗き込んでロジオンは、自戒した。 (いや、勘違いするな、ロジオン! 聖地はキリスト教徒のものだ、全てのキリスト教徒の聖地なのだ!)  再びムスリムの聖地となったイェルサレムからフランク人の兄弟が追い払われた事には違いがない、両手いっぱいの食料と引き換えに。 「それから、ダンたちと出会ったのかい?」  ロジオンの問いに、ジェフは首を左右に振った。 「ダンに拾われたのは、それから二年あとさ」
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