1章 自殺願望

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「えっと……742円のお釣りとレシート――あっ!」 緊張のせいで、掌に汗をかいていたらしい。受け渡しを試みた瞬間、手が滑り彼女の足元へお釣りを落としてしまう。 「すみません!」と謝りながら彼女の元へ駆け寄り、小銭を拾い上げていく。相手は特に怒ってもいない様子で、同じく屈んで小銭を拾う。 取りこぼしが無いか確認していると、彼女のボストンバック上に500円玉が見えた。手を伸ばし、それを掴んだ矢先、バックのジッパーが微かに上がっている事に気付く。 中を見るつもりなど無かった。不意の事故として……見えてしまった。【見てはいけないもの】を。 それは――【人の腕】に見えた。 ビニールか何かに包まれていたので定かではない。だが見間違いとすれば、あれは何だ? 人形? いや、それにしては妙に生々しい感じが―― 「――――――――ッ!」 彼女は、自身のボストンバックをひったくるように引き寄せ、落とした小銭もそのままで足早に立ち去ってしまう。振り返る事なく、逃げるように。 強く握りしめた小銭の感触が、放心状態の俺に「これは夢でない」と知らせていた。
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