第2話

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会社の入り口の目立たないところにポツンと一人佇む。 この場所はここ1カ月ほど、真田主任との待ち合わせ場所となっていた。 外は寒いけど、ここは自販機のおかげで冷たい風が遮られている。 そして、会社を出入りする人にも見つかりにくい死角だったりする。 『ホワイトデーには俺をもらってください』 一ヶ月前に真田主任から言われた言葉を思い出す。 照れたような上目遣いで私のことを伺っていて………。 あの時の真田主任、ちょっと可愛いかったなぁ。 でも、あの時真田主任にあげたチョコは、実際は真田主任のためのものでもなく。 どう考えても私は、ホワイトデーの見返りを求めることのできる立場ではない。 バレンタインのお返しは、2~3倍返しは当たり前というけど………。 真田主任をもらえるほどのものを私は真田主任には何もあげていない。 あんな優しい人。 あんな素敵な人。 やっぱり私とは釣り合わない………よね。 自嘲の笑みが零れ、私はパンプスのつま先に視線を落とした。 その時、そのパンプスのつま先に人影が映った。 真田主任、かな? ゆっくり顔を上げて………息をのむ。 「・・・・・・!」 な、なんで………? この人が私の目の前に立っているんだろう。 予想外の人の登場に私は動けず固まってしまった。 「千鶴子………」 聞きなれた声は真田主任より少し高めのテノール。 この声はつい数カ月前まで私への愛の言葉を囁いてくれていた。 でも、私じゃない人を選んだ───元カレが目の前に立っていた。 「え、えっと………」 突然のことに、言葉が詰まって出てこない。 この一カ月は真田主任のおかげで思い出すこともなかったのに………。 「ちょっと話せる?」 小首を少し傾げて、私をジッと見据える元カレ。 それから視線を逸らしながら私は首を横に振った。 「ま、待ち合わせ中だから………」 力のない声でやっとそう言えた。 「真田主任と?」 コクリと頷くと、元カレは面倒臭そうに溜息を吐いた。 「真田主任ならほら───」 元カレが指差した方を釣られて見て見れば、会社の入り口で女性と何か話をしている真田主任の姿があった。 ─────ズキン。 確実に胸が痛んだ。
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