第1話

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「………歩ける?」 気遣うように私に伸ばされた手を、私は取ることなく頷いた。 行き場を失くした真田主任の手はそのまま自分の頭の後ろに回る。 「とりあえずさ………マジで飯行こう?」 「いえ、やめておきます………。  良く分からないですけど、ありがとうございました?  また、来週………」 なんか空腹よりも家に帰って一人になりたかった。 一人になって考えたかった。 クルリと踵を返し、家路に向かう。 でも………。 「待って!」 後ろから飛んできた言葉に足を止める。 まだ何かあるのだろうか。 真田主任へと振り返った。 「まだ、何か………?」 「これ………」 真田主任がスーツの内ポケットから取り出したのは、あの人に渡すはずだったチョコの箱。 「あ………」 それを見た瞬間、胸が痛んだ。 私はあれをどうするつもりだった? 今更あの人にチョコなんか渡して………。 渡したところで何も起こらないのに。 時間が巻き戻されることも。 あの人が私を選ぶことも。 そんなこと起こるはずもないのに。 「て、適当に………捨てちゃ……て、………だ、さ…い」 胸の奥から熱く込み上げてきた感情を喉の奥で押し殺す。 替わりに目から出そうになる、その熱を必死で堪えた。 「俺がもらっていい?  十和田の本命チョコ」 そう言って、真田主任は箱のリボンを解いた。 中から出てきたのはトリュフ、2粒。 去年、あの人が美味しいって言ってくれた思い出のチョコ。 二人で食べた甘い甘い………。 堪えた涙が、ホロリと頬を伝った。  
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