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2月14日のその日は 春の風合いをふくんだフカフカした青空だった 短い黒髪が風にタクトを振るみたい おばあちゃんの駄菓子屋に いつも駄菓子を買いにくる同い年の彼が 小学3年生のおさいふにはすこしだけ痛い値段の 涙型のチョコレートを見つめながら ポケットの小銭を握りしめていたのを わたしはちゃんと知っていた だからあの日わたしは彼の笑顔が見たくて ちいさな貯金箱を空っぽにまでしたのに 「なっち」と呼んだその子は 私の手の中で溶けかけた焦げ茶色の塊をはたき落として 逃げていってしまった 片桐 夏生(かたぎり なつお)くん わたしの大好きな人 高いところが好きで 校舎の開かれた屋上の扉の向こうにはいつも彼がいた 「机に座ってるより楽しいよね」ってわたしが笑うと 「先生の怒った顔しか見えないしな」って笑ってくれた 屋上はわたしとなっちだけのステージだった
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