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それが、滝本が経営する調査会社のあの古びたドアの前に置かれていたのは、5月のある日だった。
「それ」はいつの間にやらそこに置かれていて、最初に出勤した湯浅女史が当然のように見つけるハメになったのだった。
彼女はいつもの光景にはない「それ」が目に入った瞬間、金縛りにあったらしい。あの真面目な顔で、本当に動けませんでした、私。そう言っていたのだ、あとでの話だけど。
とにかく「それ」をどうしたらいいのか皆目見当もつかない湯浅女史は、仕方なく事務所に運び込んで、いつものように事務所をあけた。窓を開け、留守電のチェックをし、お湯を沸かす。簡単な掃除。
そして、今は大きくて急ぎの案件もなかった事務所の連中は湯浅女史とそんなに変わらない時間に続々と出勤し、その度に目をまん丸にして「それ」を眺めた。
――――――――らしい。だって、今はその「目を丸くして落し物を眺める」人間は、私の番だったのだ。
「・・・・何ですか、これ」
私は「それ」を指差す。5月のうららかな日差しがいつでも埃っぽい滝本の調査会社にさんさんと差し込んでいる。
私はその真ん中、雑然とした机が3つ固まっている真ん中に置かれた「それ」を凝視した。
周りにはここの事務所の連中、つまり、持ち主で経営者で社長で所長でボスで教育係であるところの滝本、その隣にここの大切な歯車、事務員の湯浅女史、向かい合って一番下っ端の誉田君、そして優秀な調査員の飯田さん。
全員が、見事に眉間に皺を寄せて唸っていた。
私が指す「それ」は生きている。そして柔らかくて白くてふにゃふにゃで、現在は、すやすやと眠っている。
どこからどう見ても、見事な「赤ん坊」だ。かーなり小さい。
出勤したらこの子が抱っこ紐を握り締めた状態で、事務所の前に置かれていた、らしい。・・・そりゃ驚くよね。私はその時の湯浅女史に心の底から同情する。
だって、どうしたらいいの!?赤ちゃんだよこれ!!って。仰天でしょう、マジで。
私の問いには滝本が簡単に答えた。
「赤ん坊だ、どうみても。・・・恐らく、捨て子と思われる」
彼の隣で湯浅女史がため息をついて言った。
「本当に皆さん身に覚えないですか?ご自身の子供さんってことは?」
言いながら男性陣を見回したから、男3人が見事に挙動不審になった。
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