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「夕涼みをしようではないか」
新撰組の前身、壬生浪士組の筆頭局長である芹沢鴨。
彼の一言で、隊士たちは舟遊びを楽しんでいた。
皆酒をのみ、一時の娯楽に酔いしれる。
その中に唯一人、酒を飲まずに首にかかる程度の黒髪を靡かせ外を眺めるものがいる。
穏やかな黒い目は輝く水面を映し出していた。
彼は不意に立ち上がると、一人の男のもとへ足を向けた。
「斎藤さん」
話しかけた相手は斎藤一という名の男。壬生浪士組の幹部である。
「駄目ですよ。こんなお饅頭食べちゃ……」
そう言って取り上げたのは、怪しい色の饅頭。見るからに腐っている。
「私が捨てておきますね」
「む……すまぬ」
そう言い頭を下げる斎藤にニコッと笑いかけた彼は饅頭を持って立ち上がった。
その後、何事もなく舟遊びは終わり、壬生浪士組の一行は宿へと戻ることになる。
たった今、歴史は変わったのだ。彼の手によって。
宿への道を歩みながら、彼が静かに口角を上げたことに気付いた者は一人も居なかった。
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