プロローグ

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プロローグ

私は翼を広げて一気に空へと羽ばたいた。 今夜は星も無く、月も雲間に薄っすら見えたり隠れたり。 秋の夜は空気が冷たくて、薄着の肌を刺す。 「はぁ…寒い!」 思わず寒くて腕をさすった。 私は翼を手に入れた。 あの人に会いたくて、あの人を見ていたくて…。 でも、あの人に会う…とは、言えない。 私が勝手にあの人を見つめているだけだ。 あの人の別荘のそばに生い茂る木々の間から、こっそりあの人を見つめているだけ。 本当は会いたいし、話したいけれど、翼を手に入れた私はもう、人間ではないから…。 あの人は今夜もテラスで物思いにふけって、空を見上げてため息をついた。 ロックグラスにジャックダニエルを注ぎ、指で氷を回してまた、ため息を吐く。 そしてまた空を見上げて、何かを探す様にも、待っている様にも見える。 何を探しているのだろう…。 でも、私にはそれが何かわかっている。 きっとあの人は天使を待っているのだろう…。 天使… その時後ろの林からガサガサっと物音がした。 驚いた私は木から落ちそうになる。 …野ウサギだ。 焦って細い木の枝をポキリと折ってしまった。 はっ、と振り返る。 見られた? あの人は目をこすりながら、ゆっくりと立ち上がった。 そっと木の影に隠れ凍りつく。 見られた…の? あの人はしばらく私がいる木々の間を目を凝らして見つめていたけど、ゆっくりと腰を下ろした。 …ほっ。 見つからずに済んだみたい。 しかしあの人は急に笑い出した。 え…? そしてグラスを片手にフラフラと部屋へと戻って行った。 見つかった? こんな暗い林の中、真っ黒な格好の私が見える筈がない。 だけど、ドキドキする。 今夜はもう、部屋に帰ろう。 翼を大きく広げ、思い切り羽ばたいた。 自分の部屋に戻り、あの人の笑い声を思い出す。 あの人が笑っていて…驚いた。 なんだったんだろう…。 少しおかしな笑い方をしていた。 ーーードキドキして眠れない。 見えたのかな…でも、見える筈がないよね。 あんなに暗いし、遠いんだから…。 見えていて欲しかったの…? 自分に問いかける。 でももし、私の事が見えたとしてもあの人はそんなに驚かないだろう…。 そんな事を考えながらいつの間にか眠ってしまっていた。
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