1249人が本棚に入れています
本棚に追加
/211ページ
安物スーツに抱っこ紐。ネクタイはヨダレでベロベロだ。
ああ、これ……彼女から貰ったお気に入りの一本だったのだけれど。今となっては涙を誘う物でしかない。
ポロリと溢れる涙が、胸で寝息を立てる愛おしい彼に落ちないように。そっと目を閉じる。
止まれ。
止まれ………。
「ヒナっ!!」
マンションのエントランスから出て来た親友の姿に、何とか踏み止まっていた筈の涙腺が決壊した。
「………~~~っ平太ああぁ。麻耶ちゃんが、麻耶ちゃんがぁ。太陽君と僕を置いて出て行ったっ」
平太の胸に縋りついた衝撃で、太陽君が目を覚ましてしまった。
「………ひっ、ひっく。う…う………うわあああああん」
「たっ、太陽君~~~っ。泣がないでえぇぇ。うえっ、太陽ぐんんーーー」
ーーーーーー早朝のエントランスに響き渡る大絶叫。
この迷惑極まりない親子にも動じない男は、溜め息を一つつくと二人を静かに自宅まで連れ帰った。
最初のコメントを投稿しよう!