降りしきるは、枝なりて

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 ゆっくりとさすってくれる手は冷たい。  武太はさすってくれる手の上に反対側の手をのせると、暖めるように握った。 「あの人は『しょうがない』ゆうて約束してくれたよぅ……かわりに10年経ったら他の人と結婚してくれゆうとったわ」  約束したんだけどね、と梅ばあは笑う。 「約束守れんかったけど、半分くらい守りたくてのぅ、神主さんには迷惑かけたのぅ」 「……そうか」 「もう、守れん約束はしとぉない」  その言葉に、はっとして武太は梅ばあを見る。  梅ばあは相変わらず笑ったままだった。 「守れん約束しとったら残ったもんはこん先ずっと縛られしまうがな」  こんな思いをするのは、わたしだけで十分じゃ。 「でもっ、僕も母さんも梅ばあには長生きして欲しいっ!!」  声が震える。  おかしいとは思ったんだ。いつもは桜の咲く時期に通いつめるのに、今日は無理にでもと、珍しく駄々をこねて来たのだ。 「もぅ、長くはない、そぅゆぅとるがな」  きっぱりという梅ばあに、武太は「あぁそうなのか」と心の冷静な部分で思った。  武太が黙っていると梅ばあは桜を見上げた。 「今日は曇っとるから、桜さんが降ってくるようだねぇ」  春になれば枝ではなく、花が降ってくるのだろうと目を細める。 「そういえば、あの人に最後にあったのも、こんな空だったかねぇ」  ふと思い出したように言う梅ばあの声に、武太は降りしきる枝を見上げる。
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