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結局、その年の春を待たずに、梅ばあは息を引き取った。眠るような安らかな顔だった。
「……梅さん、ありがとう。これ、あの人に会うときに使ってね」
母親は、梅ばあの手に何かを握らせた。
何かと思ったら、それは桜色の口紅だった。
「梅ばあには、明るすぎないか?」
思わずいつも通りに話してしまった。きっとまだ、現実が追い付いて来ていないのだろう。僕はまだ、泣けない。
母親はキョトンとした後、涙を溢しながら笑った。
「大好きな人に、会いに行くんですもの。私よりも若くなって会いに行くに決まってるじゃない」
ふと、思い出したのは、あのとき聞こえた凛とした声。
気のせいかもしれないが、もし梅ばあのものならば。
「確かに似合うかもなぁ」
そして、武太ははじめて涙を溢したのだった。
あの後、本当にあの人に会えたかはわからない。
だけどその年、彼女を含めた家族で見に行った桜は、確かに溢れんばかりの花を降らしていた。
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