第1章

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『……先輩』 『ん?』 『どこかに連れてってって お願いしてみてください』 『……え』 先輩の顔が引きつる。 『練習ですよ。 先輩はそういうこと言ってこなかったでしょ? 出かける事が好きじゃないのかもしれないけど ずっと家デートだけじゃ 続かないよ』 畳み掛けると先輩は黙ってしまった。 そして暫くして 『羽山はどこ行きたい?』 と問われる。 『じゃあそこ、とかいうのはなし』 『分かってるよ。参考に』 『水族館とか』 『へぇ』 『平日の夜たまに行きます』 『そうなんだ』 『空いてて良いんですよ』 『なるほど。 ちょっと暗いし距離が縮まる的な?』 『……そうかもしれないですね』 そんなやりとりを頭の中で巡らせていた。 平日の夜の水族館は人が少ない。 青い光が床を染める空間に 彷徨い迷い込んだ錯覚に陥る。 自分も水槽の中の魚だと。 自由に見えて囲われた世界。 その世界で存在する格付け。 与えられる餌で生かされていること。 クラゲの水槽前でそれを見つめる。 小さな半透明の生き物が懸命に水の中を進んでいく。 水槽の中でもがくしか道はない。
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