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「――赤ちゃんが出来たんです」
今度のサプライズは、タチが悪すぎた。
もちろん私が言った台詞ではなく、夫が性別の壁を越えてきたわけでもない。
旦那の隣に座る、私よりも五つは下であろう黒髪のお嬢さんだ。
ゆったりとしたロングワンピースを上品に着こなしている。
「もう四ヶ月になりました」
田辺君好みのバカ女なら、ここでおめでとうございますとでも言うんだろうか。
「……うちの旦那の子ってこと?」
「当たり前でしょ」
女は嬉しそうに、たいして出てもいない腹をさすった。
私だってそれくらいの肉なら自前でついている。
「ええと、どういう関係?」
「同じ会社なんです、あたし派遣社員ですけど。雄治さんは上司で、会ったときから渋くてカッコいいなって」
「……最初は恭子君から声をかけてきたんだ」
「もうっ、恥ずかしい」
披露宴のインタビューか。
この女、性悪か豪胆かその両方に違いない。
「で、ホイホイ手を出しちゃったんだ?」
ばかじゃないの、という気持ちをふんだんに溶かし込んだ声で言った。
夫は肩を落としたまま、眉間に皺を寄せている。
「申し訳ないと思っている。俺だって吐き気がするほど悩んだんだ」
それは持病の高血圧のせいだ。
「だが、大人たちの事情など腹の子供は関係ない。恭子君の中に芽生えた小さな命を不幸にするわけにはいかないんだ。俺がどれだけ子供好きか……お前なら分かっているだろう」
私に、再三タバコをやめるようにと言ってきたことを指しているらしい。
ネットで不妊とタバコの因果関係を調べては、幾度も父親のように諭してきた。
私を尊重しつつ優しく言い含める彼に、わずかながら本数を減らしてはきたのだが。
バッグから、スマホとバージニアスリムを取り出す。
結局私は、禁煙も妊娠もしないまま今に至っていた。
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