第1章

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私は、イタリアンレストランの個室にいる。 食べ歩きが好きな私が見つけた自慢のお店だ。 普段なら真っ先にメニューを広げる私がそうしないのは、対面に座る夫のせいだった。 高学歴の高身長、そして高年齢の高血圧。 私より二十も年上の彼は、二年前にオーダーメイドしたスーツを貫禄たっぷりに着こなしていた。 黒と銀が程よく混ざった頭髪は全て後ろに撫で付けられ、柔らかく刻まれた皺は端正な顔つきに温かみを添えている。 あまりの年齢差や彼の離婚暦に要らぬ心配をする人もいるが、実用性重視の私には関係ない。 お気に入りのメリケンサックがヴィンテージものだからといって、何を困ることがあるだろう。 気配り上手で優しくて、心から愛おしい。 それで充分だ。 あるとき夫は、残業続きでなかなか二人の時間を過ごせない私のために、手作りのペンダントをプレゼントしてくれた。 彼はいつだって私を驚かせるのが大好きだ。それ以来、同僚にからかわれるのも厭わず、肌身離さずつけている。 ……そんな夫のサプライズに、今までは心から喜んでいたのだが。
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