28人が本棚に入れています
本棚に追加
「私は雄治の会社じゃ性悪だとでも言われてたわけ?」
「顔を見れば分かるの。雄治さんを愛してるからこそ、ああ彼は夫婦のことで悩んでるのね、ってすぐに分かったわ」
「……だそうだけど、悩んでたの?」
夫に水を向ける。
「い、いや、俺は……君は良くやってた、しかし違うんだ。決して君が悪いわけでは……」
年長者である夫が、この場で一番見苦しく慌てている。
ヴィンテージものの旦那様は、もはや産廃物と化していた。
――なんで私、こんなのと結婚したんだろ。
無言で視線を落とす。
緑で印字された、愛想のない紙切れ。
――見てくれだけの空っぽ男なら、もう廃棄処分にしちゃってもいいかもな。
一緒に差し出されたペンを取り、サインを始める。
二人の苗字と二人の住まい。
もう永遠にさよならをしなければいけないと思うと、こんな結婚でも感慨深い。
「ありがとう」
重々しく夫がつぶやく。
いくら実用性重視とはいえ、彼の容姿は私好みだった。
気品のある顔立ちと、豊富な人生経験を感じさせる眼差しと。
今この出来事を忘れ去ることが出来たなら、目の前に座る哀愁を帯びた老紳士に、私はまた惹かれていたかもしれない。
「分かってくれて助かるわ。あと、ここにも署名して」
女の指示通り、届出人の欄に記名する。
私の名に彼の苗字を冠するのも、これで最後だ。
「じゃ、ここにハンコね。それで完成」
私は顔を上げ、ペンを走らせるたび上機嫌になっていった女を見据える。
「……ねえ、最後に確認して良い?」
「なによ」
「ちゃんと慰謝料もらえるよね?」
女が目を見開き、みるみる不機嫌な表情になる。
「金に汚い女ね。どうせ雄治さんと結婚したのだって金目当てなんでしょ? あんたみたいなのって、すっごい哀れ」
「あなたはどうして雄治と結婚したいの?」
「そんなの愛してるからに決まってるでしょ! 私は雄治さんを愛してるし、雄治さんは私を愛してるの」
「だから人の旦那を取ったんだ?」
「……ああ。それは知らなかったのよ、これなら問題ないでしょ」
この女、どうやら気づいたらしい。
最初のコメントを投稿しよう!