第1章

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「私は雄治の会社じゃ性悪だとでも言われてたわけ?」 「顔を見れば分かるの。雄治さんを愛してるからこそ、ああ彼は夫婦のことで悩んでるのね、ってすぐに分かったわ」 「……だそうだけど、悩んでたの?」 夫に水を向ける。 「い、いや、俺は……君は良くやってた、しかし違うんだ。決して君が悪いわけでは……」 年長者である夫が、この場で一番見苦しく慌てている。 ヴィンテージものの旦那様は、もはや産廃物と化していた。 ――なんで私、こんなのと結婚したんだろ。 無言で視線を落とす。 緑で印字された、愛想のない紙切れ。 ――見てくれだけの空っぽ男なら、もう廃棄処分にしちゃってもいいかもな。 一緒に差し出されたペンを取り、サインを始める。 二人の苗字と二人の住まい。 もう永遠にさよならをしなければいけないと思うと、こんな結婚でも感慨深い。 「ありがとう」 重々しく夫がつぶやく。 いくら実用性重視とはいえ、彼の容姿は私好みだった。 気品のある顔立ちと、豊富な人生経験を感じさせる眼差しと。 今この出来事を忘れ去ることが出来たなら、目の前に座る哀愁を帯びた老紳士に、私はまた惹かれていたかもしれない。 「分かってくれて助かるわ。あと、ここにも署名して」 女の指示通り、届出人の欄に記名する。 私の名に彼の苗字を冠するのも、これで最後だ。 「じゃ、ここにハンコね。それで完成」 私は顔を上げ、ペンを走らせるたび上機嫌になっていった女を見据える。 「……ねえ、最後に確認して良い?」 「なによ」 「ちゃんと慰謝料もらえるよね?」 女が目を見開き、みるみる不機嫌な表情になる。 「金に汚い女ね。どうせ雄治さんと結婚したのだって金目当てなんでしょ? あんたみたいなのって、すっごい哀れ」 「あなたはどうして雄治と結婚したいの?」 「そんなの愛してるからに決まってるでしょ! 私は雄治さんを愛してるし、雄治さんは私を愛してるの」 「だから人の旦那を取ったんだ?」 「……ああ。それは知らなかったのよ、これなら問題ないでしょ」 この女、どうやら気づいたらしい。
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