第1章

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「大丈夫だよ、今さら嘘つかなくたって。さっき言ったじゃない。『雄治さんは夫婦のことで悩んでるってすぐに分かった』って」 「ふん、そんなの――」 知らない、と言い掛けた女の口が止まった。 テーブルの脇においておいたスマホに釘付けになっている。 「あ、これ? やっぱこの人と違って恭子さんは鋭いね。さっきの発言、ちゃんと録っといたから」 軽い気持ちでインストールしておいたボイスレコーダーのアプリが、こんなところで役立った。 相手が既婚者だということを理解しての付き合いならば、旦那はもちろん浮気相手からも慰謝料は発生する。 言質(げんち)を取られたあとでは言い逃れも出来ないだろう。 「最ッ低。だから旦那にも離婚されんだよ、この強欲ババア!」 なんだかメッキが剥がれかけている気がする。 見ると、夫は狼狽の表情を浮かべていた。 「今度の妻も強そうで何よりだね」 言いながら、タバコに火を点ける。 妊婦の前ではダメなんだっけ、と後から気づいたが、もはや女はそれどころではないようだ。 「そんなに金が欲しいなら恵んでやるよ! そんなはした金、全部あんたの元夫が払ってくれるんだからな。万札にぎって病院でも行って来い、イシオンナが」 「あ、ちなみに石女と書いてウマズメと読むよ」 「うるさい!」 むしろ彼女は、どんな機会に恵まれてこの単語を学んだのだろう。 「もひとつ言わせて貰えば、雄治に二人分の慰謝料なんて払えるかな」 「はぁ、何言ってんの? お前ずっと食わせてもらってたんだろーが!」 「そりゃあ雄治だって働いてるけど、せいぜい私の収入の半分くらいしかないよ。その給料だって両親の介護費用とか昔の借金返済とか競馬とかでほとんど消えてるし」 「え……えっ?」  "ちょっと何言ってるかわかんない"を、女は見事に顔で表していた。 そりゃそうだ、私の買ったスーツで着飾る彼は、どう見たって裕福な老紳士にしか見えない。 けれど実際は金もセンスもないから、私へのプレゼントは常に百均の材料で自作していた。 愛があるからこそ、私は安っぽいダルマのキーホルダーを皮ひもに通しただけのペンダントをぶら下げていられるのだ。
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