第3章

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ラウムはエレベーターで五階に向かい、目的の会議室を探して歩いた。  すれちがった警官たちに視線を向けられたが、声までかけられることはなかった。  いったい、どのような事件が起きたのだろう?   それぞれが早歩きで進み、真剣な面持ちで仕事をしているようだ。  さっきの藤丸だけが、署内の空気に不釣合いなほど、やけにリラックスしていた。 「昨日の初検挙おめでとう。今度お祝いしますね」  婦警は、藤丸にそう囁いていた。  昨日、初検挙とは。  おそらく藤丸は、まだ日の浅い新米刑事なのだろう。  そんな奴の許可ぐらいで、稲垣は取材を快く受けてくれるだろうか。  第三会議室とプレートのかかった扉を見つけ、立ち止った。  とにかく、稲垣の弱みを握らなくてはならない。  日頃、正義感ぶった顔に隠してある、裏の欲望を探りだす。  その欲望を満たすのと引き換えに、死後、魂をもらう契約書にサインをもらう。  それが無事終われば、大手を振って人間界の菓子店巡りができるというわけだ。     ラウムは一呼吸おいてから、少しだけ第三会議室の扉を開け、中をのぞいた。  部屋はそれほど広くはなかった。  会議室らしく長机が囲いを作っていて、奥にはホワイトボードが置かれてある。  他には、資料用だろうか、隅のボックスの上にテレビがあるくらいで、壁には張り紙なども少なく、簡潔に統一されていた。  机の上だけは書籍やらファイルやらが山のように積まれてある。  洋書がほとんどだった。  椅子に、苦渋に満ちた顔をした男が座っている。  部屋の中にいるのは、その男だけのようである。  ちょうど真横の角度で、情けないほどに唇を食いしばり、濃いめの眉を八の字につり下げている。  あれが稲垣か。  何を思い悩んでやがる。  今度の事件は、よっぽど難解な事件なのか。  黒岩老人の言葉で、稲垣光志郎とはどのようなオーラを放つ人物だろうかと、ラウムはひそかに期待していたので、少々がっかりした。  イエスやマホメットとはいかないまでも、聖人特有の雰囲気やカリスマ性を持っている方が、地獄への堕とし甲斐もあるってものだ。 「誰だ」  愛想笑いを浮かべながら、部屋の中に入った。
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