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名刺を差し出しながら、ラウムは自己紹介をする。
「創世期新報の黒岩です。稲垣光志郎刑事ですね?」
稲垣はすぐに答えずに、差し出された名刺を受け取り、しばらく見比べた。
その間、ラウムも稲垣を観察する。
短髪にうっすらと武将髭の生えた、精悍な顔つきである。
鍛練のたまものだろう、痩身で野性味をおびた浅黒い肌は、とても四十過ぎのものとは思えない。
黒い大きな瞳は存在感十分で、並の犯罪者だったらそれだけで観念してしまいそうなほどである。
が、といってもしょせん、それも人間ならの話だ。
悪魔にしてみれば存在としての格が違う。
いくら風格があっても人間にとって犬や猫は愛玩動物。
それと同じようなものである。
「たしかに、私が稲垣ですが、残念ながら取材はお受けできません。わざわざ来ていただいて申し訳ないですが、お引取りいただいてよいですか」
老人の身元がわかったからか、稲垣は低姿勢な言葉遣いである。
受付の婦警と違って、三流新聞社に対しても横柄な態度をとらない。なかなか見上げた奴じゃないか。
「藤丸刑事から、休憩中だから一時間程度ならと、取材の許可をいただいたんじゃ。
それに老体に鞭打って五階まで階段を昇ってきたんですぞ。
少し座るくらいよいじゃろう?」
ラウムは、エレベーターのエの字も口にせず、時間のさばを加えたうえ、向かいの座席に早々と腰を落ち着ける。
「いやあ、しかしあれですなあ。
署内のこのぴりぴりとした雰囲気、なにか大きな事件でもあったんですかなあ?」
鞄から手帳を取り出しながら、ここぞとばかりに満面の笑みを稲垣に向ける。
この態度にどう反応するかと思っていたら、藤丸君がそう言ったのなら仕方がないと、稲垣はあっさり取材を受け入れてくれた。
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