第3章

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 好都合とばかりに、ラウムは早速、たてまえを口上し始める。 「実は、来月から我が社の文化欄にて、『刑事の群像』というタイトルで連載が始まるんです。  近年なにかと不祥事が問題になったりで警察の名誉も形無しです。普段社会の秩序のためにまじめに働いている大多数の警察官たちが、一部の悪徳警官のせいによって多大な迷惑を受けている。  まあ、たしかにマスコミもいけないのです。  官公庁の汚職となると必要以上にバッシングしますからな。  その反省からといっては変ですが、そこで弊社といたしましては、警察官の中でも特にその功績が大きい人物をピックアップいたしまして、ですな……」 「人柄とか、仕事に対する姿勢、信念などをインタビューして記事にする、ですよね。  一応、広報から大筋の説明は聞いていました。  申し訳ないけれどもあまり時間を取れないんです」  稲垣は、視線で机の書類の山を追い、このあとに自分がこなさなくてはならない仕事の量を訴えてきた。  「ではまず……」  そっちがその気なら、とラウムは心の中で舌なめずりをする。  そして、用意していた質問を、矢継ぎ早に稲垣にたずねていった。  一通り、私生活の様子を聞いているようにみせかけながら、それとなく酒、煙草、ギャンブルなどに関する嗜好を探ってみた。  稲垣の方も、多少質問の意図に不信を抱いたようだったが、ラウムは勢いにまかせて質問を仕掛けていった。  が、これが思った以上に収穫がなかった。  期待もあまり持っていなかったが、稲垣は飲酒、喫煙をまったくしないどころか、食べ物にしても好き嫌いがなく、腹に入ればなんでもかまわないのだという。  丁重という言葉がぴったりくるほどの礼儀正しい言葉使いで答えを返すのが、また余計にラウムの気を滅入らせた。  仕事以外に趣味らしい趣味もなく、非番の日でもたいてい署に通い、資料の整理になど時間をさいているそうだ。  つまんねえ野郎だ。  しょせん、天国に昇る人間なんて、こんなまじめ一筋のつまんねえやつばかりなんだろうな。  そんな感想を抱きつつも、ラウムは最後の期待を乗せて、頼みの綱でもある性に関する嗜好をぶつけてみることにした。 「下世話な質問をするようですが、あっちの方はどうなってるんですか?   奥さんが亡くなられたからもう十年もたっています。ずっと一人じゃ寂しいでしょう?」
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